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天皇杯制覇の浦和、青木拓矢が衝撃の告白「実は骨折していた」

天皇杯決勝、仙台の奥埜(左)と競り合う浦和の青木(右)。実は……左肘は骨折していた。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

指揮官が「英雄」とたたえた理由。優勝セレモニーでは「左腕を上げられませんでした」。

[天皇杯 決勝] 浦和 1-0 仙台/2018年12月9日/埼玉スタジアム2〇〇2

 浦和レッズが天皇杯で12年ぶり7度目(三菱重工、三菱自工時代を含む)の優勝を果たした。フル出場を果たした青木拓矢は、準決勝の鹿島アントラーズ戦(〇1-0)で傷めた左肘にプロテクターをつけながらプレーをしていた。そして試合後、患部について「実は骨折をしていたんです」と明かした。

 この日は3-5-2のアンカーで出場し、阿部勇樹がリベロに入る3バックの前で全体のバランスを保ちながら、飛び込んでくる仙台の選手を潰し、さらにセカンドボールにも対処しながら自陣の中央を引き締めた。最後はパワープレーを仕掛ける相手に体を張り、1-0での逃げ切りに貢献した。

 終始左腕の動きがややぎこちなく辛そうであった。すると試合後、オズワルド・オリヴェイラ監督は青木について「24時間態勢で治療とリハビリに務めさせ、プロテクターを装着して試合に臨ませました。英雄と言っていい活躍ぶりを見せてくれました」とたたえた。

 その青木自身は左肘をアイシングしながら取材ゾーンに現われ、「いろいろ難しいシーズンでしたが、リーグ5位だったものの、天皇杯で優勝し、来年ACLに行けることになり、ちょっとは良かったかなと思います」と優勝を喜んだ。

 一方、怪我について「言わなかったですけど……剥離骨折をしています。痛み止めを飲み、注射も打っています。腕を(ピッチに)つけなかったです。正直、(プレーは)全然できませんでした。相手に当たるのも、ボールを蹴ることもバランス的に(悪く)、上手く蹴れませんでした。全体のバランスを保つことだけは、外さないように意識しました」と明かした。

 まさにシーズン最後の試合だからこそ明かせる事実だ。青木はまさに満身創痍で戦い、浦和にタイトルをもたらした。指揮官の言うように「英雄的」の真意もそこにあった。 

 表彰式では「左腕を高く掲げることはできませんでした」と青木は苦笑いを浮かべた。

 ただ、そのセレモニーで浦和の16番が見せた笑顔は、充実感に溢れ輝いていた。 

3-5-2のアンカーでフル出場した青木。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA
天皇杯の優勝セレモニーにて。後列左から3番目が青木(16番)。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

取材・文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

Posted by 塚越始

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