【W杯戦士の肖像】長友佑都の「金髪」と「太鼓」が導く「道化師のソネット」の先の世界へ

3大会連続のW杯出場。日本代表の長友佑都。 写真:新井賢一/(C)Kenichi ARAI

誰かが笑ってくれる。それを力に変えて、サッカーへ還元する。

[ロシアW杯] 日本 – セネガル/2018年6月24日午後8時(日本時間25日午前0時)/エカテリンブルク

「髪だけは明るく。みんな笑ってくれよ。笑 どんな時も前を向いて進む」

「似合っていないし、やるならチームが勝っている時にしたいし、薄毛が気になったけど。苦笑 ブラジルW杯から4年間どんな思いで過ごしてきたか。全ては結果。諦めんよ」

 金髪に染めた日本代表のDF長友佑都は、その理由と想いをSNSで伝えた。西野朗新体制下でガーナ、スイスに連敗を喫し、チーム内に危機感が募っていた。その状況下、そんな髪を染めるパフォーマンスなど不要だろうと声が挙がるのを承知したうえで、斬新なイメージチェンジを施した。

 効果は長友の狙い通りだった。

 その髪を見て、必ず一瞬笑う。もしくは爆笑が起きる。

 そんな笑顔を見て、長友も嬉しくなる。

 彼が求めていたのは、そんな何かを照らすパワーだった。

 そこで思い出されたのが、長友の大学時代のエピソードだ。

 東福岡高から明治大に進んだ長友は、大学版のサテライトリーグのボランチやトップ下でプレーしていた。すると1年生の11月、中央大との練習試合で、トップチームの左サイドバックに起用される。福田健介(現・長崎)、斉藤雅也(元・栃木)の攻撃力をさらに引き出すための抜擢。その期待に応えて活躍したことで「サイドバック長友」が誕生し、レギュラーポジションを掴んだ。

 しかしレそんな矢先、長友は重度の椎間板ヘルニアを患う。かなり深刻で、結局、2年生の前期リーグは出場できなかった。

 ただ、スタンド観戦でも応援に力を込めた。

 彼は音頭を取る太鼓を叩く担当を買って出た。

 当時の明治大監督だった神川明彦氏(元・盛岡監督/現・明大附高・中監督)は、当時のことを次のように言っていた。

「誰よりも太鼓を叩くのが上手くってね。『あれ、なんていう子?』と聞かれたりもしました。お調子者で、周りを笑わせられる。エンターテイナーの素質。今の『プロフェッショナル』につながるキャラクターを感じましたね」

 実際、そのようにして周りが喜ぶのを、自身の力に変えてしまう。復帰後は一気に飛躍を遂げ、全日本大学選抜入り。そして北京五輪代表選出、FC東京加入へつなげていった。

 彼の周りには、必然と「陽」を発散する仲間が集まる。イタリアで8シーズンに渡ってプレーし、熱情的なトルコで必要とされる。確かに、納得がいく。

 ただ、”痛み”を知る男だ。その笑顔の向こうに、それぞれの人生があり、大なり小なりの問題や悩みを抱えていることも察する。そこに一瞬、笑いをもたらす。全員が平等に。同じように。

 長友の「金髪」と「太鼓」。そういった所作の延長線上に、「君のその小さな手には持ちきれない程の哀しみを。せめて笑顔が救うのなら、僕は道化師(ピエロ)になれるよ」という、さだまさしさんが歌う「道化師のソネット」の世界観が浮かび上がる。笑ってほしい、君のために、僕のために。

 勝負の世界に生きる長友は、その先の世界をも描いているのかもしれない。

 ならば、笑わせて試合に勝てるなら、たくさん笑せればいいではないか、次は髪の毛を赤とかピンクにすればいいだろう、という声も聞こえてきそうだ。それはちょっと違う。

 改めて言うが、笑ってくれることを、長友は自分の力に変えられる。そして、そのもらった力をサッカーに還元する。髪の毛の話題の比ではない、さらに喜んでもらうために。日本代表の左サイドを疾走し続ける。変わらず誰よりもダイナミックな日本のナンバー5が、セネガル戦でも全力で戦う。

文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

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