松田直樹の命日に捧げる1勝。田中隼磨との「3番」を巡る松本物語

松本山雅FCの田中隼磨。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

松本首位キープ。「目標はJ1でF・マリノスに勝つこと。それをマツさんも望んでいる」。

[J2 27節]千葉2-3松本/2018年8月4日/フクダ電子アリーナ

 松本山雅の「3番」をつける田中隼磨にとって、この日は特別な1勝になった。後半途中から2試合連続の出場。ヴァンフォーレ甲府(〇1-0)、ジェフユナイテッド千葉(〇3-2)と実力派のチームから逃げ切りでの連勝に貢献した。

「監督の意図する戦術を全選手がピッチで示せている。なかなかないような逆転勝利を収められて底力を示すことができた」

 そう田中は頷いた。

 この日はJFL時代の2011年に横浜F・マリノスから松本山雅に移籍してきた松田直樹の命日。同年8月2日の練習中に急きょ倒れて心肺停止状態となり、救急搬送されたものの4日に急性心筋梗塞により他界した――。

 2014年から松田のつけた背番号「3」を引き継いだのが、同年に名古屋グランパスから自身の故郷でもある松本に加入した田中だった(12、13年は空き番だった)。松本が松田の命日に勝利を挙げたのは、過去初めてだという。

 田中もそのことを知っていた。

「これまでは、なかなかマツさんにいい報告をできなかった。ただ、今年は命日に勝つだけではなく、昇格して、優勝して、それにJ1でF・マリノスに勝つこと。それがマツさんの望んでいることだと思います。だから、まだまだ。『もっと上を目指せ』って言っていますよ」

 あくまでも通過点。もちろん、大きな勝点3だが、松本の目標はJ1で戦い続けること。松田の命日だからこそ、改めてそこを見つめる機会としていた。

 3番のユニフォームを。それは田中にとっても変わらず特別なものだと言う。

「(3番のユニフォームを着ることについて)今日だけではないです、毎試合、特別です。もちろん、こうして命日に試合をできることは、選手にとって幸せなことです。俺なんて36歳にもなって、マツさんが成し遂げられなったことに挑戦できている。幸せなことで感謝しないといけない。これが当たり前だなんて思ってはいけない。同時にやらなければいけないことがたくさんある。それも幸せなことだと思う」

 ともに横浜F・マリノス時代に一時代を築いた同志である。3番をつけて5シーズン目。松田、そして田中という二人がつけることによって、松本の「3番」はクラブの象徴といえる。

「クラブにとって忘れてはいけないこと。美談にするだけなのは簡単だが、起きてはいけないこと。そんな悲しいことが起きてしまったのはこのクラブとしては反省しないといけない」

「マツさんの闘う姿勢は松本山雅の原点。今日(千葉戦)も自分たちの戦い方ができて、闘う姿勢を見せられた。アウェーまでこれだけのサポーターが来てくれるなんて、あり得ないことです。そういう幸せを感じて戦いたい」

 選手たちはナイターの試合後に千葉から松本へ約4時間かけてバスで直帰。田中は若手とともに翌日の11時からは練習試合に臨むそうだ。

「(先発できずにいる現状に)悔しさしかないよ。情けない命日の迎え方をしてしまった。でも、まだまだ。先発で出たいし、いつでも行けると思っているし、負けていないって気持ちもある」

 そして田中隼磨は続けて、誓うように言った。

「反町監督に感謝しています。チャンスをくれているわけだから、36になっても、できるっていうところを見せていきたい。だから俺の戦いはもう始まっている。マツさんだって、それを望んでいる。やるよ、俺は」

 田中は「明日の練習試合も本当楽しみにしているんだ」と言って、フクアリを去った。松本の「3」番を巡る熱い物語はこれからも続いていく。

取材・文:塚越始
text Hajime TSUKAKOSHI

Posted by 塚越始

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