「平成最悪の記憶」記者席でキレた無観客試合から5年

解説・コラム

浦和レッズJリーグ無観客試合

サカノワスタッフ

写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI

今なお尾を引いている。ふと思い出したセルジオ越後さんの言葉。

 記者席でキレたことが、恥ずかしながら一度だけある。

 2014年3月23日、J1リーグ4節、埼玉スタジアムで行われた浦和レッズ対清水エスパルスの「無観客試合」でのことだった。

 声援のない無音のスタジアムのなかで行われた試合は極めて異様だった。山の上から川を挟んだ向こう側での練習試合を見ている(見せられている)ような、集中するだけでも、なかなか難儀な状況だった。声援がわっと沸いて、よしチャンスだ! という普段当たり前にしていた高揚感がない。スタジアムにこだまする声援やため息が、自分の仕事とも一体になっていたことを改めて強く気付かされた。

 そんな粛々と(選手はもちろん熱くプレーしているが)試合が進む中、記者席の自分の後列から、当時「スカパー!」のオンデマンドの中継のパソコンからの音が漏れ聞こえてきた。解説と実況がざわざわ話している音。けっこう大きくてまさに煩わしい。

 けっこう、気が散る。しかも、目の前の事象と音が5秒ぐらいズレている。最初は何かの手違いかと思ったら、そのまま聞き続けている。どういうつもりで、そんなに音を大きくしているのだろう。

 ピッチに集中するのも一苦労である。そのなかで、周りにとっては(解説の内容までは聞き取れないし)雑音に、どうしても気が散る。スタンドにいるスタッフを通じて、その方に伝えてもらおうかと思ったが、無観客試合だから誰もいない。なので、立ち上がってその人のところまで行き、「ちょっと音を切るか、イヤホンで聞いていただけますか」と言った。

 他にもう少し気の利いた言い方があった気もする。キレたというのとは、少し違うかもしれない。ただ、とにかくそのように常にイライラしていた最悪の試合として記憶に残ってしまった。

 当時務めていたサッカー雑誌にコラムを連載していたセルジオ越後さんの言葉を思い出す。越後さんは無観客試合に大反対をしていた。

「僕も外国人として生活してきた。でも、あの横断幕はそもそも『差別』にあたるのだろうか。Jリーグは一体誰に向かって謝罪しているの? 無観客試合は誰にとっても損しかしないよ」

 その言葉の重さを、今思い知る。

 あれから5年。長く浦和の試合を見続けてきたが、無観客試合の影響は、今なお残っていると感じる。当時は新たな応援の在り方を考えていく、もしかすると無観客試合は”良い機会”にもなるのではないかと捉えられていた。ただ、フワっとした言い方になるが、牙を抜かれてしまった印象が拭えない。

 先日の神戸戦では5万5000人を超えた。その大きな声援が選手を後押しし、2016年のルヴァンカップにはじまり、ACL、天皇杯と3年連続で主要タイトルを獲得してきた。ただ比較するものではないものの、松本山雅FCやベガルタ仙台、川崎フロンターレのようにホームの圧倒的な雰囲気を作り出すクラブがあるなか、浦和はいろいろな面でまだ模索を続けているようだ。

 家族が埼スタに行きやすくなった、という声はある。ただ、それが無観客試合と関係しているのかは正直よく分からない。

 もちろんあの時、場内に掲げた横断幕は、許される内容ではなかった。何度か違反を繰り返してきた。しかし、欧州で無観客試合になる場合は、特定の選手に対する差別行為が行われた時だ。当時の横断幕は、ピッチに向けて、何かメッセージを発したわけではなかった。そもそも浦和の選手のSNSの発信によって広まったものだった。

 しかし浦和を敵視するような世論が高まっていき、村井満チェアマンはJリーグ初の無観客試合を決断した。ただ、果たしてそれが妥当な判断だったと言えただろうか。

 先日、神戸のルーカス・ポドルスキがボールパーソンに暴言を吐いたことがマイクに拾われ、ドイツやポーランドなど欧州発で話題になった。しかし差別を徹底的に排除すると謳うJリーグだが、正式発表が伴う処分はなかった。罵声を飛ばされた側が内容が分からないから、というのが理由だろうか。

 ならば、あの時の不特定な誰かに向けられた横断幕に対する「無観客試合」の処分は適当だったのだろうか。例えば、ゴール裏閉鎖、次回問題を起こせば無観客試合にする警告など、段階を挟む対応はできた気がする。

 正直なところ、「平成」は浦和への処分がちょっと厳しすぎたように感じてならない。 

 とにかく、埼玉スタジアムは、今もあの問題が尾を引いている。そのことを村井チェアマンには知ってもらいたい。加えてあの日を機に、浦和のみならず、Jリーグのサポーターが自由な発想で応援できる雰囲気もまた制限されてしまった感もある。差別や中傷は絶対に許してはならないというJリーグのスタンスは、もちろん支持するし、前提であるべきだと理解している。ルールとマナーの使い分けの難しさもありそうだ。

「無観客試合は誰もが損するだけだよ」。そのセルジオ越後さんの言葉の重みを感じる。Jリーグが誕生して、今ではJ3まで全国55クラブまで増えた。そのなかでサッカーを通じて人と人がつながり、そして様々なドラマが起きてきた。誰もが想像していなかった30年と4か月。平成の最後に。

文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

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