小野伸二、遠藤保仁、中村俊輔と”初共演”長谷部誠が明かした心が整わなかった「日本代表初招集」

フランクフルトの長谷部誠。写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI

2005年冬、浦和強化部からの電話に「ゲ、俺なんかやっちゃったかな!? 」と思ったが――。

 アイントラハト・フランクフルトの元日本代表MF長谷部誠が5月に埼玉スタジアムでブンデスリーガとの共同企画として、浦和レッズのユースとジュニアユースの選手たちを前に講話会を行った。そのなかで選手たちから「日本代表に初めて選ばれた時はどんな気持ちでしたか?」という質問を受けた。

 それまで未来のレッズ戦士、そして日本代表の候補たちに熱いメッセージを送り続けていた長谷部だが、苦笑いを浮かべて当時のことを振り返った。

「えー……初めて招集された時のことはとても鮮明に覚えています。2005年の年末に家にいたら、北野大助さん(現・浦和強化部)から電話がありました。

『ゲ、俺なんかやっちゃったかな!? 悪いことしたかな』と思って出ると、『選ばれたぞ』と言われて。いったい何のことか分からずにいると、『日本代表だ』と。『え、僕がですか』って、ただ信じられず驚きました」

 浦和で試合にコンスタントに絡み始めていた21歳の時、長谷部は「テレビのなかでしか見ていなかった選手たち。小野伸二さん、ヤット(遠藤保仁)さん、中田英寿さん、中村俊輔さん、その中に自分が入っていくというのは、すぐには想像できませんでした」。

 そして事件は起きる。果たして、どんな気持ちで臨めばいいのか……日本代表の中に加わってみると――。

「実際、チームに合流した直後、胃が痛くなっちゃって、合宿中はずっと寝ていました」

 長谷部は砂を噛んだような苦笑いを浮かべる。

「試合には出ることができたのですが(2006年1月の国内合宿→2月の米国遠征でのアメリカ代表戦でデビュー)、練習は1、2日、ずっと休んでいました。最初はそんな感じでした」

 そのように現在からは考えられないとも言える、長谷部が”心が整わなかった”過去を明かした。

 この講話のなかで、長谷部は「寝坊」「遅刻」が一度もなく時間前行動を徹底していること(本人としては当たり前、常識として)、それによって心に余裕を持って練習や試合に自分のペースで取り組めること、キャプテンとしては「あくまでも監督の考えが第一。そのうえで選手に明確に伝えるのが一つの役割」というスタンスで、監督や選手ともディスカッションを重ねてきたことなど、貴重なエピソードを明かしてくれた。

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[取材・文:塚越始]
text by Hajime TSUKAKOSHI

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