【W杯コラム】ポテトチップスは食べたことがない原口元気のストイックさ
ベルギー戦後、日本代表の原口元気(8番)と乾。写真:新井賢一/(C)Kenichi ARAI
子どもの頃から、朝食は「丼」でフルチャージ。
FIFAワールドカップ・ロシア大会ラウンド16の日本代表-ベルギー代表戦、原口元気がこれまで見せたことのない形からゴールを決めた。柴崎のスルーパスに駆け上がり、ヴェルトンゲンの前で少しタッチがズレたが、修正するように縦に持ち直し、サイドネットを狙って鋭いコントロールショットを放つ。ボールはチェルシーの守護神でもあるクルトワが伸ばした右手を越えて――待望の先制点に。あれ、入っちゃった、というような表情を原口本人も浮かべたあと、ベンチに向かって歓喜の輪を作っている。
歓喜、悔しさ、成功、失敗、才能、挫折、個性、不断の努力、強靭な意思、貫いてきたもの、失ったもの、新たに取り組んできたもの……。このタイミングで少しだけ運が味方してくれたことを含め、彼のサッカー人生が集約された一撃だった。そして結局、試合に勝てず過去最大の悔しさを噛み締めることになったのも、また原口らしいと言えるのかもしれない。
小学生時代から突出したタレントだと言われてきた原口だが、朝食から丼ものを2杯、3杯と食べていたという。朝、お腹をいっぱいにして”エネルギー”をフルチャージし、それを使い切る。そんな少年時代だったという。
一流のアスリートを目指すため、「食」に対する意識はいつしか高まっていた。子どもの頃からプロになっても、スナッ類は口にしたことがないという。
――例えばポテトチップスなどは?
「ポテトチップスですか。うーん、食べたことはありませんね」
――え、一度も!?
「はい」
――けっこう美味しいですよ。
「いや、食べてみたいとも思わないかな(笑)」
――ファストフードは?
「(浦和)ユースのチームメイトはけっこう好んで食べていたけれど、自分は食べなかったですね」
インタビューで原口とそんなやりとりをしたことがある。
才能だけではプロであり、その中でもトップにはなれないのだろう。彼は早い段階から家庭のなかで、トップアスリートとして戦うための素地が、そのように培われていったことを知った。
また、浦和レッズ時代の原口と槙野智章の対談をしたとき、原口は”教育係”だった槙野のある一コマを指摘した。
「マキくん、この間、練習前に車のなかでコンビニのおにぎり食べていたけど、あれは体によくないよ」
原口は練習の2時間前に食事をとり、野菜のジュースを飲んで落ち着き、準備に取り掛かる。「食」をしっかり生活の軸にしてきたから、とりあえず済まそうとする槙野を目撃して、首をひねった。槙野もコンディション作りはストイックだったが、たまたま目撃されてしまった。まだ浦和の選手用食堂がなく、槙野の独身時代の話だったが。
おそらく原口本人にとっては、そんな食生活が当たり前だった。特別だとは思っていない。とはいえ、おそらく誘惑は多々あったに違いない。その誘いに乗らない原口の芯の太さはやはり並大抵ではなく、それを人はストイックと呼ぶのだろう。
そして彼はゴールを奪いながらも敗れたベルギー戦のあとに言った。
「今は悔しさしかない。またもう一度、立ち上がらないといけない。もう一度、ここから壁を越えていけるように頑張るしかない」
新シーズン、原口はブンデスリーガ1部のハノーファー96へ完全移籍する。夢の舞台だったW杯のピッチに立ち、大きな成果と大きな悔しさとともに、これまで以上の向上心を得た。ロシアへの挑戦の終わり、原口元気の新たな旅が始まる。
文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI