【女性初ミラ監督インタビュー#2】鈴鹿で挑むスペイン流+日本人の特徴を生かした攻撃的サッカー
JFLの鈴鹿で指揮を執るミラ監督。写真:新垣博之/(C)Hiroyuki SHINGAKI
スペインで推奨される「相手を走らせるサッカー」。
【インタビュー】ミラグロス・マルティネス(鈴鹿アンリミテッドFC監督)
JFL(日本フットボールリーグ)の鈴鹿アンリテッドFCのミラグロス・マルティネス・ドミンゲス監督は、JリーグとJFLで史上初めて女性として監督を務める。クラブとしても初のJFLを戦う今季、彼女はチームとともに試行錯誤を繰り返しながら、持ち前の明るさと”本場”スペインでの指導者としての経験を生かして、日々勝利を追求している。
ちょうど来日から半年が経つ。彼女に日本でのスペイン流のチーム作り、女性とサッカーなどをキーワードに話を聞き、自身の夢にも触れてもらった。3回連載の2回目。
(取材・写真・新垣博之 取材日:2019年6月1日/文中の情報は取材時/編集・サカノワ編集グループ)
【女性初ミラ監督インタビュー#1】規模は似ている鈴鹿とアルバセテ。「数万人がサッカーを楽しむ」中からイニエスタは生まれた
――とはいえ昨シーズンまでの鈴鹿アンリミテッドのサッカーで、継続したい部分もあると思いますが?
「何かを変えるよりも、今いる選手の能力を見て彼らにできることを考えています。選手たちは丁寧にパスをつないでいく今のサッカーに対して、『楽しい』と積極的に受け入れてくれています。そのうえで、どの相手にも自分たちのサッカーをするということではなく、やって来たことを積み上げている段階です。このチームに対しては、このやり方を。こういうスタイルの相手に対しては違った方法を、と。今は引き出しの数を増やしている段階です」
――そんな試行錯誤のなか、試合内容の良さには手応えもあるはずです。ただ、JFL8節を終えた段階で、2勝1分5敗。16チーム中13位。内容と結果を合わせたチームの手応えは10点満点で何点ぐらいですか?
「5点から6点くらいです。まだ、相手が仕掛けてくることに対し、ピッチの中で効果的なことを見つけ出すことができていません。このやり方、この対戦相手なら、どこにスペースができるのか? その見極めや選択の精度に関して、もう少し改善が必要だと思います」
――「前半は敵陣に押し込む内容の良いサッカーができるが、後半にセットプレーなどで失点して勝点を奪えない」。勝ちパターンがある一方、そのような負けパターンもある気がします。
「おっしゃる通り、60分以降に失速してしまう傾向があると思います。体力的な問題ではなく、失点以降の戦術的な課題があるように感じます。例えば、私たちが0-1で負けていて、残り時間が10分以上ある。相手は守りに入ります。その引いた相手に対しての打開策が現状では少なく、課題として感じているところです」
――シーズンここまでを戦って来た中で、「JFLのサッカー」についてはどのような印象を持たれていますか?
「守備を固めてリスクを負わないサッカーが多いとは思います。特に1点取るとその傾向がさらに強くなる。それはスペインとはかなり違う部分ですね」
――例えばですが、ジョゼップ・グアルディオラ監督(現マンチェスター・シティ)はバイエルン・ミュンヘンを指揮するにあたり、自身の哲学を植え付けながらも自身の考えもブンデスリーガに「適応」させようと考えていたようです。
「彼の場合はそのリーグに合った選手を連れて来れるかもしれませんけどね(笑)。それは冗談として、私もグアルディオラ監督のサッカーは好きですし、現在の世界のサッカー界で最も攻撃的なサッカーを追求している指導者だと思います。
また、彼は現在もマンチェスター・シティでイングランドに上手く適応していると思います。シティのゴールの多くがカウンターから生まれているのは、イングランドの特徴をしっかりと捉え、適応している証だと思います」
――グアルディオラはブンデスリーガを「世界最高のカウンターリーグ」と称え、その鋭いカウンター攻撃を阻止すべく編み出したのが、“ファルソ・ラテラル”(※)でした。ミラ監督もJFLの特徴を理解したうえで新たな策を準備しているのでは?
「実はそれに近いモノをチーム内では実践しています。選手達に新たな動きやタスクを要求しています。ただ、それを大幅にいきなり変えてチームに適応できるか? と言えばそうでもないので、少しずつ取り組んでいっている段階ですね」
※ ファルソ・ラテラル: 攻撃時に中央でボールを受け、守備への切り替え時には中央よりにこぼれ球を回収したり、相手のカウンターを阻止するというボランチのような新たな役割を持ったサイドバック。
――スペインは地域によって言語や習慣も違う多民族国家です。スペインサッカーと言っても一括りでは表現できませんが、ミラ監督が理想とするサッカーやそれを体現しているチームや監督は?
「実は理想のサッカーや監督のモデルは特にありません。監督の一人ひとりに哲学がありますから。ただ、私はいろいろな監督の練習や試合、言葉だったりを見聞きし、研究したりしています。鉄壁の守備組織を構築しているディエゴ・シメオネ監督のアトレティコ・マドリー、ゲーゲン・プレッシングが根付いたユルゲン・クロップ監督のリバプール、多彩な攻撃を披露し続けているグアルディオラ監督のマンチェスター・シティなどなど。そのなかから自分に合うもの、現在のチーム状況に役立つであろうモノを一つずつチョイスしていくようにしています」
――パコ・ハメス監督のラージョ・バジェカーノやキケ・セティエン(前)監督のべティスのようなパスサッカーが理想なのかな? と思っていましたが、そうでもないのですね?
「今はヘタフェもよく観ます。スペイン2部から1部に昇格させたホセ・ボルダラス監督が率いて3シーズン、1部で5位へ大躍進させました。同じ監督が続けていると、3年目か4年目かで、その監督の目指していたサッカーの100パーセントに近い熟成されたチームになって来ます。そういったところも観るべきポイントです」
――スペインは「ロンド(鳥かご)のサッカー」と言われます。文字通り、外枠をしっかりと作って輪(鳥かご)の中の選手とパスを出し入れしながら前進していくポゼッション型のサッカーです。アンリミテッドも両サイドにウイングプレーヤーを置いています。しかし、日本のポゼッションサッカーはウイングを置かないため、中央突破ばかりになってしまいがちです。この違いはどこにあるのでしょうか?
「日本のサッカーは守備に入ると引いて中央を固めてくる傾向が強いと思います。スペインやオランダではこういう場合、ピッチを大きく使って攻撃に幅を作り、中央に固まった相手守備陣を広げるという意図を持っています。
もう一つ、日本には一人で局面を打開できるタレントが少なく、見つけるのは非常に難しいと感じます。ウイングを置かないのはそういう部分にも理由があるかもしれません」
――日本では、「日本人はスペイン人に体格が似ているからスペイン流のサッカーをもっと取り込むべき」と、議論になります。米やタコを食べるなど食文化の共通項もありますが、サッカー選手も似ているのでしょうか?
「フィジカル的な部分と技術的な部分は近いレベルにあると感じます。ただ、少し違いがあるのは、“良い選択”をする能力と戦術理解力です。日本人選手は従順すぎるところがあって、コーチに言われたことだけをしてしまいがちです。良い悪いではなく、メンタル的な部分に違いがあるのかもしれません」
――「スペイン人選手よりも日本人選手の方がフィジカル的に優れている」という記事を拝見したのですが、実際はいかがですか? 走力的なものでしょうか?
「走力的には日本人選手のほうが優れている部分もあると思います。ただ、スペインではボールを保持して走らないサッカーが推奨されています。ボールを速く動かして相手を疲れさせる。あるいは、ボールは持っていても相手が動かなければキープしてゲームをコントロールするサッカーの2種類があります。ボールはいくら動いても疲れません。ボールを動かして自分たちは走らず、相手を走らせるサッカーです。なので、比較するのは難しいかもしれませんね」
――ただ、スペイン人監督はなかなか日本で大きな成功を収められずにいるようです。先程、お話したフローロ氏を始め、カルレス・レシャック氏やファンマ・リージョ氏のようなビッグネームも就任から1年経たずに退任しています。
「外国人監督というのは、どの国でも、どのチームでも、戦術を熟成させるのに時間が掛かります。チーム側やファン・サポーターにも忍耐を強いる状況もあるでしょう。彼らの場合は上のカテゴリーだったため、結果に対してよりプレッシャーがかかり、チーム作りのための時間も少なかったと思います。私の場合はJFLのカテゴリーなので、彼らほどの忍耐強さが求められているわけではないかもしれませんが、今は我慢する時期かもしれません」
【女性初ミラ監督インタビュー#3】共鳴した鈴鹿の挑戦、指導者としての夢は?
取材・文:新垣博之
text by Hiroyuki SHINGAKI