黒崎久志氏が名伯楽フンケル監督から与えられた「日本サッカー界の宿題」

デュッセルドルフの宇佐美。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

関塚隆氏、下川健一氏との現役時代の留学以来、指導者派遣事業でドイツに約4か月滞在。

 元日本代表FWの黒崎久志氏が昨年12月までの約4か月、日本サッカー協会の「指導者海外研修プログラム」でドイツに渡り、ブンデスリーガのクラブチームの練習や試合を視察し、デュッセルドルフのフリートヘルム・フンケル監督らの指導法などを学び薫陶を受けた。

 ドイツは、黒崎氏が望んだ行き先だった。現役時代にも同協会の派遣プログラムで二度、ドイツ留学を経験していた。本田技研時代、まずデットマール・クラマー氏を通じて88年に関塚隆氏とともに3か月ほどフランクフルトへ、翌年にはGK下川健一氏と約1か月バイエルンで練習参加した。

 東西統一前の当時の西ドイツのサッカーは、ワールドカップでは82年、86年に準優勝、そして90年のイタリア大会で優勝を果たしていた。サテライトチームでの練習が主だったが、現在とはまた異なる充実期を迎えていた世界最高峰の環境で、日々、たくさんの刺激を受けた。

「勝利から逆転した、きっちりとした練習とサッカーをしていて、そこに『強さ』を感じました」

 黒崎氏そう語る。

ドイツ滞在時にまとめた2冊のノートを開いて振り返る黒崎氏。(C)SAKANOWA

 世界との物差しとして「ドイツ」があった。そして今回は現役を引退して、アルビレックス新潟の監督と大宮アルディージャのコーチを務めてきた『指導者の目』で、ドイツサッカーを見つめる貴重な時間となった。

「サッカーに『答え』はありません。でも間違っていないことをしっかり続けていけば、必ず良い方向に進んでいく。デュッセルドルフはまさにそういう印象で、ここが大事という試合で必ず勝っていきました」

 昨年10月から12月まで週に3、4日、デュッセルドルフの練習を視察した。チームはその間、ちょうど好不調の波を抜け、そして再び上昇気流に乗っていく時期と重なった。目下、宇佐美貴史と原口元気を擁し、ブンデスリーガ2部の首位に立ち続けている。64歳になるフンケル監督の勝負どころを見極めた采配――名伯楽の勘には驚かされた。メソッドなども確かに重要だが、やはり経験でしか養えないものもあると感じた。

 黒崎氏が直接言われたことで、とても印象に残っているフンケル監督からの言葉がある。

「守備の話をしていて、『コンタクトを怖がらないだけでなく、いかに日本人的に守り切るのか。そのやり方があるはずで、考えていくべきだ』。そうおっしゃってくれました」

 まさに「答え」はない。それを探っていくべきだと、黒崎氏であり、日本サッカーへ宿題が与えられた形だ。

「文化として根付いているサッカーを体感できました。ただ、それをただ真似するのではなく、日本人らしい独特のサッカーと文化を作っていかないと、上にも行けないのだろうとも感じました。そう考えると、もっともっと、やるべきことはたくさんあると実感しました」

 Jリーグと日本代表でインパクトのあるゴールを決めてきた黒崎氏が、どのようなドイツ仕込みの指導を見せてくれるのか。その経験を生かすチャレンジをぜひ見たい。そしてブンデスリーガに、日本を代表するような選手を送り込む。それが新たな夢であり、目標になる。

取材・文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

Posted by 塚越始

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