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【栗澤僚一インタビュー】ネイマールは凄かった。でも今野が最強だった

柏サッカー場のピッチに立つ栗澤。やはりこのスタジアムが似合う。(C)SAKANOWA

昨季までの現役14年間を振り返り、コーチとして柏に懸ける熱い想いを語る。

 柏レイソルの栗澤僚一が2018シーズン限りで現役を引退し、新シーズンからはトップチームのコーチに就任した。

 昨年末から年始にかけて連載した栗澤のインタビュー完全版をお届けする。ベストゴール、ベストフレンド、ネルシーニョ監督との運命的な出会い、そして柏に懸ける熱い想い……柏のひとつの時代とこれからが見えてくる。

――・――・――・――・

――14年間の現役生活、本当にお疲れ様でした。

「ありがとうございます」

――2019シーズン、柏レイソルのトップチームコーチ就任が決定した栗澤さんですが、改めて、そのキャリアを締めくくる意味で、いろいろな「マイベスト」を聞かせてください。

「面白そうですね」

――ではまず、これは外せないテーマです。マイベストゴールは?

「それはもう2013年、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)のアウェーでの水原三星戦です(4月3日、柏が6-2で勝利)。2ゴールを決めたうちの最初のボレーシュート(51分に決めたチーム2点目)。むしろ、あれしかないだろう、というぐらい(笑)。

 PKを相手に4本も取られて、それでもアウェーで6-2のスコアで勝ちました。いろんなことが起きて、いろんな思いが凝縮された試合でもありました」

――微妙な判定もある大荒れの展開のなか、決めてやったぜ! という一撃?

「そんなことはなかったです。『あ、おぉぉ、入っちゃった!』という感じでしたから。ちょうど結婚を発表した2日後の試合ということもあって、みんなが本当に喜んでくれました。あんなに喜んでくれるんだ! たまに点を取るのもいいなって気付かされましたから(笑)。もう、そういった光景を含めて、とても嬉しかったです」

G大阪を9連勝に導いた今野の姿に「自分はそんな存在になれなかった」。

――栗澤さんのベストフレンドと言えば?

「レイソルでは、タニ(大谷秀和)です。あと他チームでは、今野(泰幸、G大阪)とはよく連絡を取り合っています。『ベスト』だけれど、二人でいいですか?」

――もちろんです。

栗澤にとって大谷は大切な友人。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

「タニは独身時代からずっと一緒で、性格を含めてお互いに分かり合えています。一緒にプレーしていても、何も言わずに通じ合えていると思えます。今後は(柏一筋でプレーし、ネルシーニョ体制の頃を知る)タニが、レイソルの鍵を握っていると言えるぐらい、大きな存在になると思います」

――今野選手とは?

「FC東京時代からつながっている選手は意外と少なくて、今野とは正月に家で会ったりもしてきました。アイツは『俺は一生現役でやるから』と宣言していますから。実際、今季終盤のガンバ大阪の9連勝を支えた原動力になる活躍を見せていましたね。自分はそんな存在になれなかっただけに、本当に尊敬しています。そんなタニや今ちゃんがいてくれたからこそ、俺もやらないといけないなと刺激をもらってきました。だからこそ、これだけ長くプレーできたと感謝しています」

FC東京時代からの友人でありライバルの今野泰幸。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

優勝した時、柏の街全体がパッと、一段と明るくなったように感じた。

――ベストシーンを挙げるならば?

「リーグ優勝を決めた(2011年12月3日)アウェーでの浦和戦、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間です。優勝決定の瞬間って、何度味わってもいい。素晴らしいものです。特にリーグ優勝を経験できる選手は限られていますから、あの瞬間は、いろんな思いが込み上げてきました。スタッフ、フロント、サポーターが一つになる瞬間って、本当に格別です。

 一緒にみんなが喜んでいる。一つタイトルを獲ると、選手たちも『さらに』という気持ちになります。何よりリーグ優勝した時、なんだか柏の街全体の雰囲気がパっと、一段と明るくなった気がしました。

 よし俺たちも頑張るぞ、と思ってくれていることが伝わってきました。そんなイキイキしている気持ちが感じられる。最高ですよね。

 それこそがサッカー選手冥利だと本当に実感しました」

――ネルシーニョ監督のもと、2011年J1、12年天皇杯、13年ルヴァンカップと、3年連続で主要タイトルを獲得し、柏が一時代を築きました。2019シーズン、ネルシーニョ監督の復帰に伴い、サポーターも当時の再現であり、新たなる時代の到来を期待していると思います。

「だからこそ、レイソルをもっと強くしないといけません。当時を知っているだけに、今回、(J2降格は)申し訳ない気持ちでいっぱいですし、責任を感じています。柏を強くしたいし、クラブとして生まれ変わらないといけない。這い上がり、来年1年でJ1へ復帰します」

――これまで対戦した中でのベストプレーヤーは?

「(2011年12月14日)クラブ・ワールドカップ(準決勝)で対戦したサントスのネイマール、それにガンソ。あの二人はとても印象に残っています(ネイマール、ボルジェス、ダニーロの得点により、3-1でサントスが勝利)。

 言葉に言い表せない、というレベル。そうしたレベルを肌で感じられたのは、タイトルを獲れたからこそでした。タイトルを獲れば、何かがある。

 ACLから未知なる相手と対戦できて、もちろんまず勝つことが前提であり、そのうえで自分の経験にもつながってきました。

 もう日本人にはない間合い、というか。ボールを取れると思っても、かわされる。すべてが今までやってきた対戦相手と違うなって……特別でした」

現在はパリSGに在籍。栗澤はバルセロナ時代のネイマールと対戦。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

――日本人選手で衝撃を受けた選手は?

「今野はやはりすごいかな。ボールを奪い切れる選手って、日本人ではあまりいません。体を寄せて、しっかりマイボールにできて、なおかつチームに推進力を与えられる。その一連の奪い切る能力は日本人で一番だと思います。一緒にプレーすれば頼りがいがあり、相手だととてもやっかい。

 僕にできるのは突っついてボールをカットするぐらい。今野はボールを奪うのを前提にプレーしていて、寄せ方、体の入れ方、そういったコツを含めてすごかったです。

 他チームだと、川崎フロンターレの守田はそれに近い、面白い逸材だと感じています。自分でなんとかしてボールを奪えて、危険なところに顔も出せて、つなぎも上手い。流経の後輩ですし(笑)。1年目にしてこれだけできるのですから期待して見ています。とても楽しみな選手ですね。あとはヨネ(米本拓司/名古屋グランパス)。彼もとても良いボールの奪い方をしますね」

――引退発表後、スパイクを脱ぐまで、どういった時に心を打たれたりしました?

「そうですねえ……意外と愛されていたのかな、って感じることができました(笑)。奥さんのほうにもたくさん連絡が届いて、振り返ると素晴らしい人たちと良い現役時代を過ごさせてもらったなって。改めていろんな方に支えられ、つながりを持って12年間やってこられたと思いました。

 FC東京の方たちも含め、人間関係に恵まれ、そこでいろんなことを学んで、吸収して、すべてプラスに捉えています。みんながいてくれたからこそ、これだけ長い期間できたと思っています」

デビュー当初の長友佑都は「練習参加の時からばんばんゴールを決めていた」

――アラブ首長国連邦(UAE)ではアジアカップが開催中です。日本代表に選ばれている、柏レイソルで一緒にプレーしてきた伊東選手の「可能性」をどのように感じていますか?

「ジェイ(伊東純也)はもっとできます。代表だとやれている。Jリーグでも十分できていたけれど、さらに上へ行ける選手です。そこはアイツの考え方次第。持っているものは素晴らしいから、自分次第で、なんでも叶えられるはずです」

神戸戦でゴールを決めてチームメイトと歓喜する伊東(14番)。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

――FC東京時代には長友佑都選手ともプレーしていましたね。

「特別指定時代とプロになってからの半年間、佑都と一緒でした(2008年途中に柏へ移籍)」

――長友選手のデビューは2008年。10年前になりますが、当時のことは覚えています?

「練習参加した時(2007年に特別指定選手としても在籍)から、サイドバックのポジションから駆け上がって、ばんばんゴールを決めていましたからね。何よりあの性格だから、すぐ輪の中に入ってチームに溶け込めて、そういった人間的な素晴らさがありました。加えて向上心が強かったです」

――確かに明るさも、どんな練習でも先頭を走る姿勢も、いまだに変わりません。

「1年目からとにかく自分に足りないものを補うことに取り組んでいました。今思うと、こうしたタイプの選手が上に行くんだなと改めて感じますね」

長友佑都。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

――彼らのみならずそういった選手の「良さ」を、中盤で上手く引き出していたのが栗澤さんでした。

「僕こそみんなに生かされてきましたから。ただ自分が入れば上手く回る、上手く行く、そのように周りをプレーしやすくしたいとは、いつも心掛けていました」

ネルシーニョ監督との「出会いが人生のすべて」。

――栗澤さんがFC東京から移籍してきたのは2008年シーズン序盤、それから約10年在籍してきました。改めて「柏レイソル」への想いを聞かせてください。

「自分のサッカー人生はもうあとがない、という想いで、柏にやってきました。ここで結果を残さなければ終わりだという覚悟でした。けれど……2009年にJ2へ降格させてしまいました。

 そんななか2009年7月、新たに就任したネルシーニョと出会います。ネルシーニョは、『本当にこれがラストチャンスだ』と思っていた僕のすべてのエネルギーをサッカーに集中させてくれました。今思うと、それがすべてでした。

 たまたまだったと言えるかもしれませんが、その出会いがあり、純粋にサッカーだけに熱を注がせてくれたのがネルシーニョでした。そういう気持ちを持てたからこそ、こうして現役を(14年間)続けられて、今があるのだと思っています」

ネルシーニョ監督。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

――モチベーターとしても知られるネルシーニョ監督ですが、選手に対するスイッチの入れ方は?

「練習のグラウンドに来た時点で、勝負が始まっています。選手はグラウンドに立つときにはスイッチが切り替わっていないといけない。それぐらいその瞬間、サッカーにすべてを捧げ、目の前のプレーに集中力を持って挑むことが要求されます。そんな環境が一人のサッカー選手として成長させてくれました。毎日そういう目で見られていますから、自分に妥協せず、一人の人間としても成長できたと思います。言い換えれば、すべての選手にチャンスがあるという戦いの場です」

――では栗澤さんはどのような指導者になりたいと考えていますか。

「何よりまず選手ありきだと思っています。選手も監督次第で大きく変わっていくことは、自分も経験して分かっています。ただ、目指すべきものは同じで、来年であればJ1復帰あるのみです。そのなかで、選手が思い切りプレーできるように、自分も同じ強い気持ちで臨みます。選手は敏感です。監督が負けるだけは嫌だという想いが伝われば、選手も戦います。そうやってチームが一つになることが大事になります。だから、僕は選手としてグラウンドで感じてきたことを、このタイミングだからこそまず生かしていきたいです」

全員にチャンスを与える監督。選手に不安があれば取り除きたい。

――5シーズンぶりに復帰したネルシーニョ監督を、栗澤さんはコーチとして、どのようにサポートしていきたいですか?

「サポートというよりも、監督は常に要求をしてきますので、それに対し自分でも選手に合ったことを考えて、一緒に勝つために何が必要なのかを探してやっていきたいです。監督とスタッフのもと、選手とともに成長していきたいです」

――コーチとして、柏をどのようなチームにしていきたいですか。

「逞しいチームです。観ているお客さんが力強く、気持ちのこもっていると受け取ってもらえる。いいときは自然とそう感じてもらえるとも思いますし、そういう心を動かせる試合をしたいです。サッカーで人を幸せにできるのは、現場の選手のみ。そのためのトレーニングであり、一つになってやっていきたいです」

――指導者として、すぐ「勝負のシーズン」というのも楽しみですね。

「そうやって勝負できるのはありがたいことです。それにトップチームですから。みんなで目標に向けてやっていきます」

――5年ぶりの再会。厳しさで知られるネルシーニョ監督は変わっていますかね?

「根っこのところは変わっていないと思います。もちろん監督はヨーロッパをはじめ最新のサッカーをチェックしていますし、今度、比較的若い38歳のディオゴ・リニャーレスフィジカルコーチも一緒に来日します。新たに吸収してきたこと、感じてきたことなど、いろいろ聞けるのも楽しみです。布部さん(ゼネラルマネジャー)が、『栗澤をコーチにしたい』という話をしたところ、監督が『すごく喜んでくれた』と聞きました。まあ社交辞令なのかは分かりませんが、嬉しいです」

――若い選手も多く、ネルシーニョ流がしっかり浸透するかもポイントですね。

「僕はネルシーニョの性格もよく分かっていますが、今は彼のもとでプレーしていない選手のほうが多いです。その不安などは取り除きたい。ただ、何よりまず、本当にみんなにチャンスを与える監督です。だからこそ、一つひとつのトレーニングをみんなで大事にやっていきたい。そこでいいプレーを見せればスタメンになれるし、そういう競争意識の高い監督でもあります。そこで自分にできること、与えられることをしていきたいです」

取材・文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

 

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