【浦和】選手から懐疑的な声「戦術がない」。大槻監督続投、本当に大丈夫?

浦和のファブリシオ。写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI

リーグ後半15試合でわずか1勝。ほぼ全員が「マズい」と感じるなか、現体制下だけが「大丈夫」と胸を張る状況に。

[J1 34節] 浦和 2-3 G大阪/2019年12月7日/埼玉スタジアム2〇〇2

 浦和の今季の低迷を語る時、批判の矛先がまずフロントに向かってきた。ただ、ピッチに目を向けた時、そこにも多くの問題があり、結局、改善されず、むしろ悪化したまま(より問題が増えて)、シーズンを終えることになったことにも気付かされる。

 最終節のガンバ大阪戦はホーム埼スタで敗れた。試合終了の瞬間、浦和のサポーターからは拍手もブーイングも起きなかった。柏木陽介の左足、ファブリシオ執念の一撃と、2ゴールを奪ったシーンは盛り上がった。しかし90分トータルで見ると、ピッチ上のプレーで心を揺さぶられることは少なかった。しかも、この日に限らず。

 7月31日以降リーグ15試合で、浦和はわずか1勝しか挙げられなかった。そのうち11試合が1点以下。どのようにゴールを決めたいのか、勝ちたいのか、最後まで分からないままだった。

 興梠慎三が不在だったとはいえ、最終節でも、攻撃の形がまったく見えない、メッセージ性の伝わってこない状況を見せ付けられた。そして最終節翌日の12月8日、大槻毅監督の2020シーズン続投が発表された。

 果たして指揮官はどのようにこの状況を劇的に改善するのか。改善できるのか。「改善」という言葉が妥当なのか。なかなか明るいイメージが浮かばない。

 何よりG大阪戦のあと、選手からも「戦術」に関する懐疑的な声が多く聞かれた。槙野智章や柏木陽介は「自分たちに責任がある」と前置きしたうえで、チームを代表する形で危機的状況を訴えた。「このままでは来季も厳しい戦いになる」と。

 実際、チームとしての「狙い」が分からないから、選手が何をどうしたいのかが分からない。だから試合後の取材でも、こういう狙いがあり、こうしたら上手くいったね、というような前向きな議論になかなか発展しない。誰もが首をひねったままだった。

 この2年間で4人の監督が就任してきた。ある選手は「筋力トレーニングのメニューなど『これが効果的だ』と言われ、それをずっと続けていると、新しい監督は『それは必要ない』と言ってくる。どんどん分からなくなっていった」と明かしていた。決して笑い話ではない。

 それは大槻監督が「続投」になった一つの要因でもあるだろう。とにかく、いろいろな方向性がバラバラ。それをひとまず、グッと一つに集約して定めようと。

 ただし、大槻体制が本当に「正しい方向」に向かっているのか。それはまた別のテーマだ。とにかく、強化の新体制は監督と一枚岩になることを最優先に掲げている。ただ、それが主目的で、チームが「どのように勝つか」のベクトルは置き去りにされている感じを受ける。そして、その「方向性」に、選手からも懐疑の目が向けられている。

「いい選手がこんなに揃っているのに、みんな自信を持てず、持ち味を発揮できていない」と、ある選手は訴えた。

 他の選手からは、こんな話も聞かれた。

 どのように守備をハメるのか、と対策を練る。そして試合中、それがハマらなかった時、どのように修正するかの指示が出る。しかし「結局、そこまでだった」と。

 どのようにボールを奪って、どのように攻撃を組み立てるのか。攻撃のデザインがないままだった。

 大槻監督は分析や育成のスペシャリストと言われてきた。ただし、攻撃のアイデアがないのでは? という不安であり指摘と言えた。

 つまり、戦術がない、と。

 もちろん「戦術がない」ことはないのかもしれない。が、確かに結局は個人頼みだった。興梠慎三への完全依存であり、ファブリシオ、山中亮輔、柏木陽介らの「必殺技」頼みであり、最終節のマルティノスのセンターフォワード起用にもそれは現れていた。個の力で何とかするしかない。だから、それぞれが頑張っているが、バラバラだった。

 例えば橋岡大樹、関根貴大の両ウイングバックは、とにかく勢いに乗ってアップダウンを続け、チームに勝利と歓喜をもたらした時期があった。が、シーズン終盤はそういったエネルギッシュなプレーは影を潜めた。それはどのようにプレーすればいいのか――向かっていくべきベクトルを見出せなかったからかもしれない。

 今季限りでの契約満了を迎える森脇良太は、G大阪戦のあとの最後のあいさつで「来年も厳しいシーズンになるかもしれないですけど!」と、大きな声で言った。それはやや余計な一言ではあったが、このままだと絶対にヤバイぞという警鐘だったように聞こえた。

 もちろん、選手たちが不甲斐なかったのもまた事実だ。が……闘えていないと見えてしまうのは、戦術がない、からなのかもしれないと感じる。

 現フロント体制下では基本的には、田中達也とエメルソンという強烈2トップが破壊的に攻めて、全員でハードワークしてしっかり守る――。多分、15年ほど前のスタイルに回帰したい、というビジョンを描いているのだろうな、いうイメージは伝わってくる。でもそこにミシャ流を上手く取れ入れたいのだ、と。

 そして現在の浦和には、ミシャスタイルを誰よりも極めた選手たちが揃う。だから、やはりミシャ流のほうが選手個々も生きる感じがする(本来、そこをさらに伸ばす監督を招聘すべきだったのだが……)。そこを右往左往している。

 結果、何を目指すのか具体性を欠いたまま。「個」に依存するのか、「組織力」重視なのか、そもそもの根底のところで共通意識を持てずにいる。2019シーズン、ミシャの遺産がほぼ使い切られたことで、より攻撃の形は失われていった(武藤雄樹の負傷離脱も影響したが)。

 大槻監督の言葉を借りれば『We are Reds』に関わるほぼ全ての人が、「現状ではかなりマズいぞ」と感じている。そのなかで、現フロント体制下だけが「大丈夫だ」と胸を張っている状況だと言える。

 2020年の浦和は、その状況をも発奮材料にして見返すしかない。一つの決断や補強で状況がガラリと変わる可能性はある(それでよし、としていいかは甚だ疑問でもあるが)。ただ、今回のJ1残留は「目標」ではなく「ノルマ」で、浦和は本来より高く、新たな領域を目指すべきクラブであるはず。フロントスタッフに求められているのは美辞麗句を並べること以上に、問題の本質に着手することだ。

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[取材・文:塚越始]

Posted by 塚越始

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