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【PLAY BACK】関根貴大が欧州で踏み出した小さく、大きな一歩

昨年10月のDFBカップで、移籍後公式戦初先発したインゴルシュタット時代のの関根貴大。(C)SAKANOWA

「特別な日」のドイツ唯一のスタメン出場は、隣町同士のダービーだった。

 インゴルシュタットの関根貴大が7月10日、ベルギー1部のシントトロイデンに期限付き移籍することが発表された。

 海を渡ったのはちょうど1年前。監督交代もあり、関根はリーグ1試合、DFBカップ1試合と、公式戦わずか2回しかピッチに立てなかった。

 関根がドイツ公式戦初スタメンを果たした、昨年10月25日の一戦。小さくて、大きな一歩を踏み出した――はずだった日のレポートを再構成した。
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 アウェーでのDFBカップ2回戦・グロイターフュルト戦、インゴルシュタットの関根が移籍後初の公式戦スタメン出場を果たした。ドイツでも、日本でも、ほとんど注目されなかった一戦。ただ関根にとっては「自分にとって特別な日だった。ここから新たにという思いで臨んだ」と、強い覚悟でピッチに立った。

 試合前のウォームアップから、ワンタッチごとに気持ちを込めるようにパスやシュートを放つ。そんな気持ちを察したチームメイトやスタッフから肩を叩かれ激励を受ける。最後までピッチに残り、ボールと芝生の感触を入念に確かめていた。

 ブンデスリーガ2部同士の対戦だが、いずれも上昇のきっかけを掴もうとしていた時期だった。グロイターフュルトは身体が大きいファイタータイプの選手を揃えて肉弾戦を挑む好戦的なチーム。プロフィールでは身長167センチという関根にとって、そういった大柄な相手に、攻撃に変化をつけられるところを見せてアピールにつなげたかった。

 キックオフは午後8時45分。スタジアムはドイツ南部バイエルン州の小都市フュルト中央駅からバスでなければたどり着けない。試合会場から一歩外れると、誰も歩いていない。まるでそこだけ隔離された別世界のようにスタジアムは光を放っていた。

 そして車で1時間30分ほどある隣町のインゴルシュタットから、バスツアーで多くのサポーターも駆けつけていた。規模の大小はあれ、彼らにとっては負けられない隣町同士の「ダービー」独特の雰囲気がそこにはあった。

 火曜日の夜、4,925人が見守るなか、試合が開始された。

 関根は4-3-3の右ウイングで先発する。インゴルシュタットは攻撃時、前線にボールを当てて、そのこぼれ球を狙って攻め込むスタイルを採用していた。

「前の3枚は『あまり開きすぎるな』という指示で、そのなかでタイミングを見て、自分の良さである前を向いて仕掛けるところを出していこうと思った」

 関根はその日の狙いを説明していた。

セットプレーも担当。後半勝負かと思ったが…前半45分で交代に。

その表情からも強い覚悟が伝わってきた。(C)SAKANOWA

 ただ、関根は思うようにスペースをこじ開けられない。

 当時高いポゼッション率を武器にしていた浦和レッズでは、関根がサイドでボールを受け、前を向いて1対1を仕掛けることによって、チームの攻撃のスイッチを入れていた。しかし、この日は、ある意味、イチかバチかの攻撃が目立った。浦和時代とは明らかに求められる役割と戦術が異なっていた。

 ボールを触る機会が限られた関根は、その貴重な機会をモノにしようと前線に突進する。ただ、どこか空回り気味で、DFの網に引っ掛かってしまう。さらにボールを奪い返そうとした際に相手を倒し、27分にイエローカードも受けてしまう。

 ただ、セットプレーのすべてのキッカー役を任されていた。

 前日練習の際に「蹴れるか?」とシュテファン・ライトル監督から聞かれてトライしたところ評価されたという。前半終了間際にはFKから決定機になりかけたが……ゴールならず。0-0のままハーフタイムを迎えた。

 ところが――、後半開始のピッチに、赤と黒の背番号22のユニホームはなかった。

 関根は前半45分間で交代を告げられたのだ。サッカー人生で味わう最短の交代だった。

「前半は我慢かなと思っているところはあり、後半スペースが空いてきたときに突いて抜け出していければと思っていました。それだけに……ちょっと悔しかったです。後半にどれだけやれるかを見せられたら、また違っていたのかなと思いましたが……」

 浦和では過酷な3-4-2-1のウイングバックとして、3年半にわたりレギュラーを務めてきた。体は小さいがそのタフさに自信を持っていただけに、もっとできたはずだがという悔しさは募った。

 試合は後半開始早々に失点を許したインゴルシュタットだが、3-1で逆転勝利を収めた。インパクトを残すことはできなかったものの、インゴルシュタットのサポーターからは関根をたたえる拍手も起きた。

 さすがに試合後の関根は落胆の色を隠せなかった。

「一歩ずつ登っていくしかない」

インゴルシュタットのライトル監督。(C)SAKANOWA

「45分で代えられてしまいましたが、そこまで落ち込むことはないかなって。そこまでヘコんではいないです……と言っても、どん底だけれど(苦笑)。ここからまた大変な戦いが始まります。試合に出られたのは、今までの練習が評価されたから。またその日が来ると信じて、一歩ずつ登っていくしかないです」

 関根を欲したマイク・バルプルギス前監督が開幕3連敗を喫したため更迭された。ライトル新監督が就任すると、7試合連続でベンチ外が続いた。そこから一転、公式戦出場のチャンスが巡ってきた。実際、試合後にライトル監督はこの日の選手起用について、「最近の練習を見たうえで判断した」と語っていた。

 冷静に関根も語った。

「監督は練習をよく見てくれています。今週は自分の中でも良いトレーニングができていると思っていたところ、ベンチ外からスタメンで使ってくれました。そうやってチャンスが来た。だから、下を向かずやっていくことが本当に大事。もう失うものはありませんから(苦笑)」

 しかし、彼は客観的な目を持って具体的な課題にも気付いた。まずコミュニケーションが大切になってくる、と。

「言葉は大事ですね、本当に。外国人選手という立場になってよく分かりました。チームが厳しい状況になると、言葉ができないと信頼を得にくいかなと感じました。

 それぞれの要求を聞き入れる部分と、自分の意見をもっと伝えていかなければいけない部分と。そのうえでチームがすべきことを理解し、求められていることをこなす。それが足りないのが、代えられた要因だと思います」

関根にしかない「個性」を見せつけたい。

浦和時代に見せた「突破力」をベルギーで見せたい。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

 確かに関根が語るように、自身のストロングポイントを発揮できる状況を作り出したかった。そのためには、監督やコーチとも意見を交わせるようになっていくことが求められていく。23歳という若さ、人当たりもよく、環境への適応力があるのは関根の”伸びしろ”とも言える。

 ブンデスリーガ2部のインゴルシュタットは2017-18シーズンを9位で終えた。ライトル体制は継続され、関根はシントトロイデンでリスタートを図ることを決断。日本企業DMMが経営権を所得し、冨安健洋もアビスパ福岡から加わる。リスタートを切るにはいい環境と言える。

 ただベルギーの言語文化は複雑で、オランダ語、フランス語、ドイツ語の3か国語が公用語だ。北部に位置するシントトロイデンは基本的にオランダ語が使われるが、チーム内では英語を用いている。ある意味、ピッチ内外で、関根に求められてきた柔軟性や対応力が問われるシーズンになる。

 だからこそ、原点と言える彼の武器を追及し、生かしたい。浦和から欧州行きのチャレンジを掴んだその小さな体からエネルギーを漲らす豪胆な突破で突き進み、どん底から這い上がるためのチャンスを掴み取りたい。突破口を切り開け――。

取材・文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI

Posted by 塚越始

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