【インタビュー】ジョルディ・サンチェス「コンサドーレのファンだけではなく、日本サッカーを愛する全ての皆さんに伝えたいことがある」
インタビューに応じた元札幌のジョルディ・サンチェス。(C)Takashi MORIMOTO
「カズキ、ヒロム、レオ、トウヤ…。全員の名前を挙げることはできないけど、最高のチームメイトとの出会いに感謝している」
スペイン出身FWジョルディ・サンチェス(Jordi Sanchez)は、2024年夏から25年まで北海道コンサドーレ札幌でプレーし、その後、ポーランドの名門ヴィスワ・クラクフに移籍を果たした。
世界遺産を誇るポーランドの観光都市クラクフにて、J1残留への切り札として札幌でプレーしたジョルディ・サンチェスは「日本では1回しか取材を受けたことがない」と満面の笑みを浮かべながら独占インタビューに応じてくれた。
――まず、2024年夏にコンサドーレへ移籍した経緯を教えてほしい。
「初のスペイン国外移籍となったポーランドのヴィジェフ・ウッチで2シーズンを過ごし、新たなチャレンジを求めていた時、コンサドーレからオファーが届いた。『本当に素晴らしい選手だ』、『J1残留には、数多くのゴールを決めるフォワードが必要不可欠だ』、『ゴールのみならず、高いプロ意識を見せてチーム全体を引っ張って行ってほしい』と私を絶賛する数々の温かい言葉を伝えられ、コンサドーレの大きな期待をヒシヒシと感じた。他のクラブからオファーが代理人に届いている可能性はあるが、あえて尋ねることなく、コンサドーレオンリーで交渉を進めた。コンサドーレという素晴らしいクラブ、札幌という魅力的な町に、私、そして家族も高いモチベーションを持って日本での挑戦がキックオフしたんだ」
――途中加入でのJ1で7試合出場ノーゴールという成績についてどう思う?
「J1残留というミッションを達成できなかったことに大きな責任を感じている。エクスキューズととらえて頂きたくないけど、先発出場は一度もなかったように私にチャンスは与えられなかった。選手起用は、ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)監督が決めることであり、その判断はリスペクトしている。スペインやポーランドで結果を残してきた私は、コンサドーレで先発で起用してくれればゴールを決め、チームに勝利をもたらすことができると信じていた」
――ミシャ監督とは選手起用について話をした?
「繰り返すけど、私はミシャ監督をリスペクトしている。毎日練習での私のプレーを見てもらっているので、改めてミシャ監督と話す必要はなかった。過去所属したスペインやポーランドでも私は練習に100パーセント以上の力で臨み、監督が私を先発に抜擢してくれているので、コンサドーレでも同様のスタイルを貫いた」
――とはいえ、試合出場に飢えていたのでは?
「試合になかなか出場できない状況を受け入れるのは非常に難しかった。心が折れそうになったことは一度や二度ではないし、ストレスで夜も眠れないこともあった。『ネバーギブアップ、絶対に諦めない』、『チャンスは絶対にやってくる』と自分自身に言い聞かせ、モチベーション全開で練習に臨んだよ」

――J2でのプレーとなった2025年は、リーグ戦7試合出場1ゴール、ルヴァンカップ3試合出場1ゴールとまたもや試合出場は限られていたね。
「岩政監督の決断にはリスペクトしている。開幕戦の大分戦では良いプレーをしたが、あらかじめ『60分頃交代する』と岩政監督から伝えられていた。私にとって不運だったのが、第17節のサガン鳥栖だった」
――2枚のイエローカードで退場した試合だね。
「相手のディフェンダーがボールと関係のないところで私にキックをしたり、色々と挑発を仕掛けてきた。私は審判にアピールしたが、認められなかった。審判から見たら、イライラを募らせている私は危険人物だと感じたのだろう。前半44分、何も問題がない普通の接触のあと、相手ディフェンダーがオーバーアクションでピッチに倒れこみ、相手チームのベンチが騒ぎ出したのを、私のラフプレーと見た審判は、1枚目のイエローカードを私に提示した。さらに前半アディショナルタイム、ゴール前に放り込まれたロングボールを競ろうとした際、相手ゴールキーパーは私を見ないまま激突してきた。私はあまりの痛さにピッチに倒れこんだが、審判は私に2枚目のイエローカード、そしてレッドカードを提示して退場を余儀なくされた」
――この退場が、岩政監督のみならずコンサドーレ全体にネガティブな印象を与えたのでは?
「否定できないね。出場停止処分が明けた19節のFC今治戦では、先発出場を果たしたものの、これが最後の試合出場となってしまった。それどころかベンチ入りすらできなくなってしまった。私への信頼はもはやゼロに等しかった。柴田新監督就任後も、状況は変わらなかったし、同じフォワードのマリオ・セルジが加入したことで、私にとってノーチャンスだと感じ取れた。マリオ・セルジやアマドゥ・バカヨコが出場停止などで試合出場できない時も、私は依然としてベンチ外のままだった」
――2026年もコンサドーレ選手の一員としてプレーすることは考えた?
「私はコンサドーレを心の底から愛しているし、札幌は第二の故郷のように感じている。最も重要なのは、私が先発出場してゴールを量産してコンサドーレの勝利に貢献できるかどうか。クラブの方と2026年について話した時、『残念ながら試合出場についてチャンスはない』とはっきり言われた」
――当時の率直な思いは?
「悲しかったし、この現実を受け入れられなかった。私は、コンサドーレの勝利のために貢献できる自信はあったし、そのためにどんな時も100パーセント準備をしてきたから。なぜ私に試合出場のチャンスがないのかその理由を伝えられることもなかった」
――コンサドーレ退団を決意するのは辛かった?
「もちろんだよ。ただ、いつまでも放心状態ではいられない。コンサドーレから他へ移籍することも可能だとクラブから伝えられ、代理人に新天地を探してもらった。2024年のコンサドーレ加入前にポーランドでプレーしていたこともあり、オファーをくれた複数クラブのうち結構な数がポーランドからだった。特にヴィスワ・クラクフは、Iリガ(2部)首位を走っており、悲願のエクストラクラサ(1部)昇格に私の力が必要不可欠だと高く評価してくれたので、移籍を決意した」
――コンサドーレでの2シーズンは辛い日々だったとは思うけど、逆にポジティブな出来事だったり、楽しい思い出はあった?
「たくさんあるよ(笑)。カズキ(深井一樹)、ヒロム(田中宏武)、レオ(大﨑玲央)、トウヤ(中村桐耶)。全員の名前を挙げることはできないけど、最高のチームメイトとの出会いに感謝している。私が試合出場できなくてメンタルダウンしていた時も、『絶対にチャンスは来るよ!』、『ジョルディ、君は世界最高のストライカー』といった言葉をかけてくれたからこそ、私は困難を乗り越えられた。私が日本を去る時、みんなが空港に見送りに来て涙を流しながらハグしてさようならと言ったのは、一生忘れられない思い出さ」
――昨年9月に娘さんが誕生したんだね。
「そうさ。コンサドーレの方々に感謝の気持ちで一杯だよ。シーズン中にもかかわらず、妻のスペインでの出産に立ち会うために、スペイン帰国を特別に許可してくれたのだから。娘のアレハンドラが生まれる数時間前に病院に到着して、生まれて数時間後には飛行機に乗ったハードスケジュールだったけど、歴史的な瞬間に立ち会うことができた」
――コンサドーレのファン・サポーターとの関係はどうだった?
「最高の関係を築いたといっても過言ではないよ。試合会場、練習会場で多くの方々から『ジョルディ、頑張って』と温かく声をかけてくれたし、私も可能な限りサインや写真撮影、勉強中の日本語でコミュニケーションをとっていた。今でも2組の家族とは連絡を取りあっているよ。(日本語で)『ミナサン、アリガトウゴザイマシタ』」
――サッカー選手としての今後の目標を教えてほしい。
「まずはヴィスワ・クラクフのエクストラクラサ昇格。その後は未定だ。契約延長のオファーが届くかもしれないし、ポーランドの他のクラブ、別の国からオファーが届くかもしれない。よりよい条件のオファーを勝ち取るためにサッカーに集中してゴールを量産していきたい」
――Jリーグの他のクラブからオファーが届いたら?
「心の底から嬉しいよ。Jリーグは世界有数のハイレベルなリーグだし、私も妻も日本は大好きなんだ。私がJリーグで活躍できる選手だということを、ピッチ上で証明したい。コンサドーレだけではなく、全チームのファン・サポーターに私のゴールと活躍を見てもらいたい。もう一回、Jリーグでプレーしたい。一刻も早く訪れるように願っているよ。(日本語で)『ヨロシクオネガイシマス』」
【Profile】
ジョルディ・サンチェス(Jordi Sánchez)
1994年11月11日生まれ、スペイン・バルセロナ出身。190センチ・86キロ。FW。スペイン下部リーグやバレンシアB、アルバセテなどを経て、2022年からポーランドのヴィジェフ・ウッチでプレー。2024年夏に北海道コンサドーレ札幌へ加入し、2026年からヴィスワ・クラクフに所属している。
※ジョルディ・サンチェスがプレーするポーランドやヨーロッパ強豪国でプロ選手になれるチャンス
6月8日(月)横浜開催 第28回世界プロサッカー挑戦セレクション「スペシャル&プレミアム」
合格選手には、ヨーロッパでプロクラブと契約できるチャンス到来。特別審査員は、1994年浦和レッズ所属ルル氏(チェコ1部リーグ等で指導歴)
参加申込は、公式サイトよりhttps://irmax-wpsc.com
text by 森本高史/Takashi MORIMOTO
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