【名古屋】相馬勇紀がプロを目指したキッカケ。運命的な海本慶治のエスコートキッズ

名古屋の相馬勇紀。写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI

オンライン企画「選手と話そう」で小学6年生の質問に答える。「僕はあまり上手くなかったから…」

 J1リーグ名古屋グランパスの日本代表MF相馬勇紀が5月17日、ファンクラブの会員とオンラインで語り合う企画「選手と話そう」に登場し、5人のファン・サポーターやその家族からの様々な質問に答えて交流を深めた。

 そのなかで小学6年生の少年から、「相馬選手がプロになりたいと思ったキッカケを教えてください」という質問があった。そこで相馬は小学2年生の時にエスコートキッズを務め、「プロになりたい」という“スイッチ”がオンに入ったエピソードを語った。

「小学2年生でエスコートキッズをした時、初めて天然芝のピッチに入り、スタジアムの人がたくさん見ていて、照明がついていて、ピッチが格好良く見えました。その時、『あそこでサッカーをやりたいな』と思ったのがキッカケでした」

 そのように夢であったプロの舞台が、ぐっと近づいたターニングポイントとして挙げた。

 そして企画後のメディア対応で、相馬が当時のことについて改めて語ってくれた。

 相馬は当時、調布市で活動する布田SCに所属していた。エスコートキッズをしたのは2004年9月18日、味の素スタジアムで行われたJ1リーグ第2ステージ5節の東京ヴェルディ対名古屋グランパス戦だった。一緒に入場したのは名古屋で4年目を迎えていた海本慶治だった。

「名古屋グランパスと東京ヴェルディの試合で、僕が手をつないだのは海本選手でした。17番を付けて、サイドハーフをしていました。ただ、僕はまだ小さかったので試合の内容は、まったくと言っていいほど覚えていなくて(苦笑)、ボールをただ追いかけているだけでした(東京Vが3-1で勝利を収めている)」

 それでも、海本とともに踏みしめたピッチの感触、そして視界に飛び込んできたスタジアムの雰囲気は、瞬く間に相馬少年の心を鷲掴みにしていた。

「その試合はナイターでした。スタジアムに入った瞬間、ピッチが輝いて見えました。照明がすごく明るくて、『わぁ、すごい格好いい』と感動しました」

 しかも、アウェーの名古屋の選手をエスコートしていた。そこから現在、そして未来へと物語はつながっていく。

「地元のサッカークラブで、サッカーが上手な子が(ホームの)ヴェルディの選手と手をつなぐことができて、僕は上手くなかったので(アウェーの)グランパスの選手でした。でも、それだけに、今となっては、運命だったと感じています」

 ある意味、海本とともに踏み出したJリーグのステージへとつながる一歩――だったことになる。

 そして時を経て2020年。こうした状況下だからこそ、今度はオンラインで、ファンとつながる機会を得た。名古屋を応援し自身もプレーするサッカー少年に、23歳の相馬は「僕もヨガ(※「朝練はしていますか?」という問いの答えでもあった)などをして長く続けられるように頑張るので、いつか一緒にサッカーをやろうね」と呼び掛け、ピッチでの再会を楽しみにしていた。

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[取材・文:塚越 始]

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