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内田篤人と中村憲剛が対談「アツトから引退の連絡を貰った時、俺も…」。移籍に対する興味深い考えも示す

2020シーズンでユニホームを脱ぐ、内田篤人(左)、中村憲剛(右)。(C)SAKANOWA

DAZNの『ATSUTO UCHIDAのフットボールタイム』で実現。

 8月に鹿島アントラーズを引退した内田篤人がナビゲーターを務めるDAZNのコンテンツ『ATSUTO UCHIDAのフットボールタイム』(毎週木曜日更新)の12月4日更新の第8回に、J1リーグ制覇を果たすとともに今季限りでの引退を発表した中村憲剛が登場。二人がオンラインでつながり、夢の対談を実現させた。

 2007年のオシムジャパン時代から日本代表でもチームメイトとして、そして2010年の南アフリカ・ワールドカップ(W杯)ではともに戦った。内田は鹿島、中村は川崎を代表する選手として、奇しくも2020年、同じシーズンでユニホームを脱ぐことになった。

 川崎が2年ぶり三度目の優勝を果たした直後のタイミングで、40歳にして今季限りで引退する中村が、現在の心境とともに内田との思い出、さらには移籍についての思いを語った。

 内田は冒頭、「『ウチダ引退』で“おーっ”となって、そこで『中村引退』『川崎優勝』がドーンって来られたら、俺の印象がまったくなくちゃった」と嘆いた。

 中村は「夏に辞めていて時期がかぶっていないから大丈夫でしょ。こうして立派なセットのある番組を一つ持っているんだから。十分でしょ」と、逆にウッチーの多才さと適応力の高さに驚く。

 また、シーズン途中に引退を決意し伝えるタイミングについて内田は色々考えたそうで、「憲剛さんは迷いませんでしたか?」と質問。

 中村は川崎一筋で18年プレーしてきたことで、「辞めると決めてから、観る時間はサポーターの皆さんにどうしてもあげたいな、というのが自分にあって、わがままを通させていただきました。『1か月前に言ってもらって良かった』と、ウチの選手やサポーターからは声を掛けてもらっています」と明かした。

「僕は『辞めると言った3日後には引退していますから」という内田に、中村は「アツトから前もって連絡をもらった時、『えー!っ』て言って驚いたけど、『俺も年末に辞めるんだけれどな』『同じ年に辞めるんだ!』と思っていたよ」と心のうちを語った。

 ここから本題に入り、二人は日本代表で初めて会った時の衝撃、中村によって明かされる南アフリカW杯での“内田ふてくされ事件”、そして今後について、ざっくばらんに意外かつ面白いエピソードを明かしている。

 そして移籍について中村が海外から獲得の打診があったことを自らの口から明かす。さらに国内移籍を考えなかった理由として、「初タイトルまで15年かかり、決して満足はしていなかった。ただ移籍をしたら、誰かが築いたチームに行くことになる。自分で歴史を築きたいとそこは思っていた。何より自分は拾ってもらった身でしたから」と見解を示す(ちなみに川崎には、テスト生から加入したのではなく、中央大時代に練習生として参加し、そこで認められ加入内定になったと説明している)。

 ただ、そんな中村をあるJリーグ屈指の名将が必死(けっこう本気)に「ウチに来い」と口説いているのを、内田がしっかり目撃していたことも語られ、中村自身もそれを認めている。

 鹿島と川崎、そしてJリーグを代表する二人のバンディエラが激動の2020シーズンを境に、ユニホームを脱ぐ。そんな二人だからこその息の合った、軽妙かつとても興味深い対談となっている。

注目記事:ノイアーが内田篤人の引退に触れる?「右SBとは異なり…」。古巣シャルケの低迷「私は悲しい」と嘆く

[文:サカノワ編集グループ]

 

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