【現役GK視点のW杯】「マリーシアは形を変える」塩田仁史(大宮)/VARと新ルールの影響
よりゴールが決まり、ゲームが面白くなるようにボールが開発されている点も、GKにとっては辛いところだという(写真はコロンビア戦での大迫の得点シーン)。写真:新井賢一/(C)Kenichi ARAI
連載最終3回目。日本代表やアイスランド…「守備で感動させるぐらいの集中力って大切だと、改めて思いました」。
Jリーグの現役ゴールキーパーはどのような視点でワールドカップを見ているのかを聞く短期連載最終3回目。大宮アルディージャのGK塩田仁史選手が、2016年のルール改正とロシア大会から初めて導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー制度)の影響について語る。VAR導入により、果たしてマリーシアは根絶されるのか!?
――2016年のルール改正で、特にGKに課されていた厳しいルールが緩和されました。例えば「決定機阻止」のファウルは全てレッドカードだったのが、ペナルティエリア内の「決定機」でもボールに向かっているファウルは「イエロー+PK」となりました。加えてVARが導入された。ワールドカップ・ロシア大会は、そういったなかで迎える最初のW杯になりました。GKは積極的にプレーできる環境になっていると感じます?
積極的に足下へチャレンジしやすくなったとは思いますが、結局はPKを与えてしまうわけですから。そこまで意識の変化はない気がします。
何より今回のロシアW杯でもそうですが、最近の傾向として、昔はブレイクアウェイ(シュートを打たれる前に、GKが飛び込むプレー)の機会が多かったけど、もうGKの足下へのチャレンジ自体が減っていると思います。
ドイツ代表のノイアー(バイエルン)もボールホルダーに詰めたあと、手をぐっと広げて、相手の狙うスペース全体を覆い込むようにしています。そのように、相手の足下ではなく、近くまでしっかり間合いを詰めたあとブロックに行こう、というプレーが一般化してきている気がします。
――なるほど。これまでのルールが、GKに厳しすぎた、ということですね。
そうですね。加えてGKが飛び出すシーン。あの大概は、GKが「行ける」と思って飛び出すんですが、ボールホルダーに誘い出されていることが多い。ちょっとボールを餌のように泳がされて、GKが「行ける」と食いついた瞬間、相手に先にすっとボールに触れられてしまう。そういう駆け引きは多いです。
映像で見ると、GKが積極的に思い切っていきました、相手を倒してしまいました、と感じますが、意外と誘い出されていることが多い。行くか、行かないか、その見極めは難しいですね。
――一方でVARが導入されてPKが増えています。すでに前回大会の14回を超えたそうです。
そこはメリット、デメリットがあり、お互い様です。今大会、それだけが理由ではないでしょうけれど、強豪国が苦戦しているのは、VARの導入も関係していると思います。サッカー大国に優位に働きがちだったレフェリングが、正当に裁かれるから。コスタリカ戦でのネイマール(パリSG)のPK取り消しなんて、そのままだったらブラジルが余裕を持って戦えていたと思います。アディショナルタイムに2点入るまで試合が決まらなかったのは、VARがあったから。
――なるほど。ではVAR導入によって、マリーシアは根絶されるのか。それとも形を変えていくのか。
形を変えていくと思います。わざとではない場合ももちろんありますが……DFが出してきた足に自分からかかるパターンは増えそうです。ポルトガル代表のクリスチアーノ・ロナウド(レアル・マドリー)のイラン戦でのVARによるPK獲得は、その一例に挙げられます。確かに他に逃げ場がなくファウルだと思いますが、足にかかりにいっている感じはします。
それにボールホルダーがドリブルで仕掛けて、後方から追いかけられているとき。ドリブラーが急停止してトリップ(屈む)すると、後ろから乗っかられてファウルになる。それでPKを獲得しようとするのはありがち。
そんなテクニカルな面でVARを逆に生かすプレーも増えていく気がします。一方で、あからさまなのは減っていくでしょうね。
――プレースタイルも、ルールも細かく変化するなか、GKは一つひとつに対応するだけでも大変ですね。
ルールが緩和されたと言っても、やはりGKに不利なルールが多い。その2016年の改正で、PKで先に動いたGKにはイエローカードが出されるようになりました。一方で、キッカーに対しての縛りはそこまでない。軸足を置いてから動作を止めなければ、助走では何をやってもいい。GKからしたら、厳しいルールがまだ多い気はします。
――決定機阻止時の「PK+GK退場+選手交代」の三重罰が緩和されたとはいえまだ厳しいと。
はい。それにボールも、できるだけゲームが面白くなるように開発されています。だからブレやすくなり、無回転のスーパーシュートも決まる。
W杯は分からないですけど、ボールが走るように芝を濡らすチームは増えています。僕もスペインのデポルティボなどで試合したとき、びしょびしょでしたから。GKからすると、キャッチングするとき、スリップしやすい。単純にグリップが滑るので、気になります。
それにW杯のひのき舞台だから、さすがにボールは新品を使っているはずです。新品はちょっと濡れたりするだけで滑りやすくなります。そういった面でも、GK泣かせなところはあります。
スペイン代表の名手デ・ヘア(マンチェスター・ユナイテッド)がクリスチアーノ・ロナウドのほぼ体の正面に飛んできたシュートを、弾き切れず失点しました。あの強烈なシュートが来て、しかも微妙にデ・ヘアの目の前でブレている。それが10センチ、15センチ動いただけで致命傷になる。あれだけの名手でもそんなことが起こるのだから、いろいろ条件が揃ってしまうと防ぐのは難しいと言えます。
――W杯など規模の大きな大会では、ゴールを増やしたい傾向がある。それはGK泣かせですね。
だから今大会を見ていて、オーガナイズされた守備、インテンシティの高い守備の重要性を、改めて強く感じますね。そこそこある程度の対応ではなく、しっかり間合いを詰めて、当たりにいく、体を投げ出す。そういったチームが結果も残しています。アルゼンチンに引き分けたアイスランドもそうでした。1勝も挙げられませんでしたが、コスタリカも素晴らしい集中力を見せていました。
その意味では、日本もゴール前ではフリーで打たせていない。インテンシティが高い。それこそ、守備で感動させるぐらいの集中力って大切だと、改めて思いました。
大宮もまさしくその部分。全員が守備から意識を共有して、さらに這い上がっていきます。
取材・文:塚越始
text by Hajime TSUKAKOSHI