FC東京新指揮官の長谷川健太氏。監督人生を左右した2005年清水時代のターニングポイント
写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA
シーズン終盤、実績のない若手二人を抜擢してJ1残留を果たす。
長谷川健太監督が、FC東京の来季の監督に就任することが正式に決定した。日本代表でも活躍したストライカー(おもにウイングとして活躍)とあって、豪快かつ思い切りの良い決断力で、ガンバ大阪に数多くのタイトルをもたらしてきた。いかに指導者として成功を収めてきたのか――。『ハセケン』の基本的なスタンスを追う。
99年の引退後は解説者時代が長く、TV、新聞、雑誌……人から請われれば、できる限り引き受けていた印象が残る。当時から前向きで、とてもポジティブに、選手の特長を引き立てる話をよくしていた。
指導者としては浜松大を率いた翌2003年にS級ライセンスを取得。そして2005年から現役時代にプレーしていた清水で初めてJクラブを率いることになる。2001年度の天皇杯を制しながら、2002年から3年連続で監督が代わり、04年にはリーグ14位に低迷。その古巣再建を託されたのだ。
就任1年目の2005年は徐々に息切れして、シーズン終盤、J1残留争いに足を突っ込む。26節を終えて、勝点28で降格圏16位の大宮と並んでしまう……。
もうあとのない状況で、長谷川監督は腹をくくり、思い切った決断を下す。
「ネームバリューも、年齢も関係ない。俺の目に映った、とにかく調子のよい選手を使う」
なんのために清水の監督に選ばれたのか? 現状を打破するためだ。練習から誰もよりもギラギラしているやつを、ここで使わずにいつ使うんだ。最終的に責任をとるのは監督だ。
指揮官は経験豊富なベテランに頼らず、それまでほぼまったく出場機会のなかった若手を、この危機的状況下で先発に抜擢する。MF枝村匠馬を残り7試合、DF青山直晃を6試合のすべてで先発起用。するとその起用が的中して、ラスト6試合を3勝1分2敗で乗り切り、15位でJ1残留を果たしたのだ。
2006年からは一段と血の入れ替えを進め、藤本淳吾、岡崎慎司らのブレイクをもたらした。2008年のナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)での準優勝など、タイトル争いをするまでチームを建て直してみせた。
そして2010年シーズンをもって退任したあと、2年間の充電期間を経てガンバ大阪に引き抜かれる。シルバーコレクターの異名をあっさり返上し、2013年にいきなりJリーグ、ナビスコカップ、天皇杯の3冠を達成。今季まで主要タイトルのうち5つ獲得することに成功した。長谷川監督のもと、G大阪はひとつの時代を築き上げた。
その間も長谷川監督は「調子のよい選手」であり、練習から活力溢れたプレーを見せる選手を使うというスタンスを貫いた。
2013年のリーグ大逆転優勝劇をもたらす浦和戦でのゴールを決めた佐藤晃大、エース格にまで登り詰めた長沢駿も、練習中からの取り組みが評価されて抜擢された。近年ではケガ明けの今野泰幸をベンチに置き続けたこともあった一方、堂安律(現・フローニンゲン)、初瀬亮、髙木彰人らを先発に抜擢している。
来季指揮を執るFC東京で、そういったハセケン流の決断力が、どのような影響をもたらすのか。下部組織出身の有望株もいれば、ここ数年で獲得してきた実力派も数多くいる。誰かが抜擢されれば、誰かが悔やむ。そのチームをいかにまとめるかという手腕も問われる。
一方、クラブにはその指揮官のストレートな情熱に応えていく、同じかそれ以上の熱量が求められる。長谷川監督を中心に、本当の意味で一丸となれるか。それがFC東京巻き返しへの必須条件になる。
文:サカノワ編集グループ