なでしこに旋風!伊賀くノ一が巻き起こす「嵐のサッカー」

伊賀FCくノ一の選手たち。写真:新垣博之

今季1部昇格ながら、INACに勝利、ベレーザとドロー。

 今季のなでしこリーグ1部で”くノ一号”の嵐が吹き荒れている。

 伊賀フットボールクラブくノ一が、2節では昨季リーグ4連覇と国内3冠を達成した女王の日テレ・ベレーザと1-1で引き分け、そのベレーザと2強を形成してきたINAC神戸レオネッサには1-0で勝ち切った。今季1部に復帰し、6節を終えた段階では4位につけていた。

 一昨年1部最下位で2部に降格したチームとは思えない結果を残す。何よりそのスタイルが痛快だ。

伊賀FCくノ一2019シーズン6節までの成績とシュート数

 上記の現在なでしこジャパンの主力選手を多く揃える2強に対し、相手の2倍以上のシュートを放つ戦いぶりを披露している。6節までに伊賀が放った総シュート数は、被シュート数の23本に対し約3倍の66本を記録していた。

 伊賀には代表に定着している選手がおらず、局面の1対1で計算の立つタレントは少ない。相手の倍以上のシュートを放ちながら得点は6試合で8得点。すでに2度の無得点試合も喫しているように、決定力は課題である。逆にここまで3度の無失点試合を記録し、堅守も際立つ。

 伊賀が志向しているサッカーは攻撃的だが、立場は「挑戦者」。大嶽直人監督が志向するのは、強豪にも勝ちに行くための番狂わせを巻き起こすサッカーだ。

 自らリスクを冒しながらも勇敢に戦う姿は観る者の心を打つ。何よりもサッカー観戦にありがちな、「今、シュート撃てよ」との閉塞感がなく、躍動感やスピード感を伴うため、観ていると感情移入して応援したくなる。

元横浜フリューゲルスの大嶽直人監督が状況に応じて採用する「Vフォーメーション」。

 伊賀は2016シーズン途中から野田朱美氏(現・ノジマステラ神奈川相模原監督)が監督を務め、堅守速攻から攻撃的なパスサッカーへとモデルチェンジした。しかし2部に降格した昨季、大嶽監督のもと、アグレッシブなプレッシングスタイルが定着した。

 近年の伊賀のサッカーは監督交代を伴いながらも積み上げがあるように見える。パス主体からプレッシングスタイルへの移行では主将のMF杉田亜未も、「合わせるのに苦労した」と言う。ただ、どちらも相手に主導権を与えず自陣に撤退して守備をするのは避けたいスタイルだ。

 そのためには高い位置で試合を進めたいというのは共通するコンセプト。当然、できるだけ最終ラインを高く設定したくなる。

 大嶽監督が就任した際、なでしこジャパンに選出されていたMF櫨まどか(現・水原UDC WFC/韓国)を筆頭に主力選手の半数が流出していたが、コンセプトの土台はあった。相手陣内での連動したプレスで即時奪回することを目指すのは、野田監督時代から共通している。

 大嶽監督の就任以降、伊賀のサッカーで大きく変わったのは、スペースを突くロングレンジのパスが増えたこと。大嶽監督は昨季から「縦へのスピードを強く意識し、足下へのパスではなく、ゴールへ向かうスペースにパスを出す」ことを徹底していた。

「前線には1トップと両ウイングに2シャドーという5つのパスコースを用意している」 「サイドバックの選手が中盤で数的有利を作る」(大嶽監督)と、伊賀はボール保持時に<2-3-5>のような陣形も採っていた。

 この布陣はサッカーができた19世紀中頃から約60年もの間、世界中のチームが採用していた「V」の字型に並ぶ布陣で、『Vフォーメーション』と呼ばれていたもの。実際2部のピッチでそれを具現化し、リーグ2位と勝点13差での優勝を果たした。

伊賀FCくノ一の可変システムの例

 とはいえ1部で戦う今季、「前線の5つのパスコース」はあまり用意されていない。主将MF杉田が昨年はパスの「受け手」としてプレーする時間が長かったが、今季は「出し手」側に回っている時間が多い。

 2列目としてインサイドハーフやボランチ的な役割を担うことが多い。その代わり、最前線にはINAC神戸から大型FW道上彩花が加わり、数的不利でも2列目の選手を活かす強靭なポストプレーや、より懐の深いボールキープでタメも作れている。

 また、ロングボールの度合いは増したようだが、そこに工夫も見える。

 最前線にいるFW道上が中央からサイドに流れるように走り、彼女自身がボールを収められなくとも、相手DF陣の体勢を崩すように誘っている。万全な状態でない相手DFがボールを持つところへ伊賀のウイングや2列目の選手が詰めてセカンドボールを狙う。

 苦し紛れのクリアを選択させれば、それも狙い通り。もちろん2部と1部では、選手個々もチームもレベルが格段に上がる。杉田の万能性やバランス感覚、道上の個の能力も含めて1部仕様のサッカーになってきている。

伊賀FCくノ一の2019シーズンの基本布陣

 もちろん、昨年から継続していることも多い。 まず、主力は運動量豊富で機動力があり、プレッシングには磨きがかかる。 いざボールを奪えば人が数的優位を作り反転して速攻を繰り出す。特に2強のような技術の高いチームには、この手法が効果的だった。

 大嶽監督も「現在の1部と2部ではフィニッシュの場面以外ではあまり差は感じない。違いがあるとすれば、1部の方が攻撃的な選手が多い編成になっていること。ウチはそこを守備面でケアするよりも、リスクをかけてブレずに攻撃的に突き続けていることが良い結果につながっていると思う」と語っていた。

伊賀流ストーミング――「リスクをかけて攻め続けていることが良い結果に」。

 とはいえ、大きなリスクを伴うサッカーには、チームワークはもちろん、選手たちと監督の信頼関係が重要になってくる。 今季開幕前の3月9日、伊賀は元日本代表MF宮本ともみさんなど、チームOGの元選手などを集めてOG戦などのエキシビションマッチを行った。

 大嶽監督はその試合の合間、ケガで長期離脱中の選手たちとともにリハビリのフィジカルトレーニングをこなしながら、「由佳(MF澤田由佳)、もっと腿上げろ!連続しろ!」と声を出しながら盛り上げていた。

 そんな大嶽監督が試合に出場。見学している選手たちからは、「監督! ハイプレス! ハイプレス!」「人じゃなくてボールに当たらないと!」と”優しい”指示が飛び、「乳酸たまっとんねん!」と返す姿があった。

 チームの雰囲気の良さを感じさせる一幕だった。

大嶽直人監督

 大嶽監督は現役時代に横浜フリューゲルスと京都サンガF.C.(当時:京都パープルサンガ)に所属し、日本代表として「ドーハの悲劇」も経験したDFだ。横浜F在籍時には加茂周監督の下で当時の世界最先端となる新戦術「ゾーンプレス」を経験。1993年度の天皇杯を制覇している。 あの時代にゾーンプレスを経験した選手が現在、女子サッカー界に挑んでいる。

 その戦術は欧州で「嵐、暴風」を意味する「storm」の現在分詞「storming」と言われている。 “くノ一号”の嵐の猛威は弱まりそうにない。今季のなでしこリーグは、この伊賀FCくノ一によるストーミングに要注目だ。

 ※その後、7節の日体大FIELDS横浜戦で伊賀は0-2で敗れ、8節のノジマステラ神奈川相模原戦にも敗れて順位も6位へ後退。しかし、2試合ともに相手の3倍となるシュートを放っている。

取材・文・写真・図/新垣博之
text by Hiroyuki SHINGAKI

Ads

Ads