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田村直也が引退発表。「母」の仙台、「父」の東京Vに感謝

東京ヴェルディの田村直也。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

13年間のプロキャリアに終止符を打つ。

 東京ヴェルディは10月31日、MF田村直也が今シーズン限りで現役を引退すると発表した。クラブの公式ホームページで現役13年間を振り返るとともに、特に支えてくれたベガルタ仙台と東京Vのサポーターや関係者に感謝の気持ちを伝えている。

 田村直也は1984年11月20日生まれ、東京都多摩市出身。175センチ・70キロ。これまでのキャリアは、落合SC-ヴェルディジュニアユース―ヴェルディユース―中央大学―ベガルタ仙台 ―東京ヴェルディ。通算成績は11月1日時点で、J1リーグ86試合・1得点、J2リーグ230試合・7得点、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)15試合・2得点、天皇杯16試合・2得点、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)3試合・0得点。

  田村は次のようにコメントしている。

――・――・――・――・――

 今シーズンでプロサッカー選手を引退することを決めました。

 支え続けてくれたサポーター、チームメイト、チームスタッフ、フロントスタッフ、そして大好きな家族には感謝しかありません。

 本当にありがとうございました。

 まずお礼を伝えたいのは、自分をプロとして受け入れ、7年間プレーさせてもらったベガルタ仙台のファン、サポーター、関係者の皆さんです。

 本当にありがとうございました。

 右も左も分からない、何も知らなかった自分を「母」のように育ててくれました。今の自分があるのは間違いなく皆さんのおかげです。

 自分はマザコンではありませんが、宮城の仲間やサポーター、チームメイト、スタジアム、牛タン、せり鍋、油揚げ……全てを包み込む『母』のような存在の皆さんを心から愛しています。

 本当にありがとうございました。

 そして、中学、高校、プロとして戻ることができた東京ヴェルディのファン、サポーター、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。

 ヴェルディは世の中の厳しさ、希望や未来、現実……沢山のことを背中で教えてくれる『父』のような存在でした。

 中学1年生の時からこのチームでプロになりたいと夢を持ち、同期の仲間と切磋琢磨しながら、全員が目指したヴェルディのトップチームのユニフォーム。今でもこのユニフォームや練習着を着るたびに、過去にヴェルディを支え続けくれた人々の想いや情熱、その責任を感じて胸が震えます。

 サポーターや同期の仲間の期待を背負ってプレーできる喜びは、自分にとってこれ以上ない財産になりました。辛い時も苦しい時も声を枯らし、90分間仲間のために飛び続け、チームを支え続けてくれたサポーターのみんな、本当にありがとう。

 数え切れないほど勇気と感動をもらいました。

 本当にありがとうございました。

 これからも東京ヴェルディを支え続けてください。そして、このチームの未来のために戦い続ける後輩達を鼓舞し、苦しい時も背中を押してあげてください。その声は必ず選手達に届き、間違いなく彼らの力になっていくと思います。

「将来サッカー選手になりたい」小学1年生の時に自分で決めてスタートした日を思い出します。 自分で選んだ道だから、できれば最後も自分で決断したいと思っていました。

 ベガルタの母、ヴェルディの父によって、皆さんの前で堂々とプレーできたこと、本当に幸せでした。

 この文章で全ての感謝が伝わるかは分かりませんが、試合に出ていた時も出れなかった時も、変わらず応援してくれたサポーターのみんなの声はしっかり届いていたし、その方々のために練習から100パーセントの力をチームのために注いできたことだけは伝えたいです。 どんな時も支え続けてくれた家族やみんなの気持ちを誇りに、胸を張って引退します。

 13年間のプロ生活を支えてくれた皆様、本当にありがとうございました。

 残りの試合も自分らしくチームに貢献できるよう頑張ります。

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 東京Vは38節を終えて、13勝12分13敗(53得点・54失点)の勝点51で13位。 11月2日にアウェーでアビスパ福岡、10日はアウェーでジェフユナイテッド市原・千葉戦、そして16日15時から味の素スタジアムで徳島ヴォルティスとのホーム最終戦に臨む。

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[文:サカノワ編集グループ]

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