「ジャーンの涙」「ドトールコーヒー」「加地亮のPK」FC東京の英雄たちが初タイトルを語り合う

オンラインで2004年のFC東京初タイトルを獲得したメンバーが集結!ルーカス、ケリー、ジャーンの助っ人トリオも参戦!(C)SAKANOWA

2004年のナビスコカップ制覇。当時の選手と監督だった原博実氏が16年の時を経てエピソードを明かす。

 FC東京が『青赤STAY HOME週間』と位置付けて様々なイベントを展開したゴールデンウィークを締めくくる5月6日、最後のイベントとして「初タイトルを獲得した2004年を振り返ろう」を行い、2004年ナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)初制覇の様々なエピソードを、元日本代表の石川直宏を司会役に、ブラジル・ワールドカップ(W杯)日本代表の加地亮と茂庭照幸、北京オリンピック日本代表の梶山陽平、藤山竜仁、浅利悟、ルーカス、ケリー、ジャーン、宮沢正史、オ・ジャンウンら当時の選手たちとチームを率いた原博実氏が振り返った。

 2004年11月3日のナビスコカップ決勝、国立競技場での浦和レッズ戦。試合前、本来登録メンバー以外は通常入れないロッカールームに、特別に許可を得て全員が集結した。ところが原氏によると、「(三浦)文丈以外、ほとんどの選手が初めての決勝戦。みんな堅い感じだった」と言い、「勝ったらドトールおごるよ」と、小平の練習場の目の前にある店のコーヒーを優勝すれば全員に振る舞うと約束。その一言で、場が「フワッと和んだ」そうだ。

 また、メンバー選考では、ボランチの宮沢正史を入れるかどうかを最後まで迷ったと言い、クラブの将来を考えて、馬場憂太、梶山陽平をベンチ入りさせたと明かした。

 試合は常に劣勢を強いられた。しかも28分、CBのジャーンが2枚目のイエローカードで退場になる。エメルソンと田中達也が組む当時最強・最速だった浦和2トップを食い止めきれず、数的不利を強いられることになった。

「でもジャーンは、一切判定に抗議をしなかった。すぐ泣いちゃって。それを見て、みんなが『ジャーン、大丈夫だよ!』『俺たちがやるから!』と声を掛けたね」(原氏)

 ジャーンは「(退場した)28分しかピッチにいられず、本当にすいませんでした。でも、もしもそれによってみんなのパワーを蘇らせることにつながったのであれば嬉しいです」と振り返った。

 すると原氏は守備的ボランチである三浦を下げて、DF藤山を投入する。コーチだった倉又寿雄氏からは「本気ですか!?」とその交代策に猛反対されたという。定石であれば、前線の攻撃的な選手を下げる場面でもある。原氏は「そんな采配、その後は見たことないね。でも、それで負けたらいいや」と腹を括ったそうだ。

 投入された藤山はともにチームを支えてきた三浦との交代に、「後ろで2、3本パッとダッシュして、意外と心の準備ができていた。一番仲の良かったフミさんとの交代だったから、その思いも、というのはあった」と振り返った。

 そして浦和の猛攻に延長を含め120分間耐え続け、PK戦に突入。GK土肥洋一がスーパーセーブを見せ、4人のキッカーが成功させたFC東京が初タイトルを掴んだ。

 PKのキッカーの順番は、ルーカス、馬場、今野泰幸、梶山、加地。

 原氏は「ルーカスを1番目と決めていた」。そこからは選手に確認しながら決めていった。

「コンちゃん(今野)は決まって、あとは、みんな蹴りたくなさそうで、(馬場)憂太、(梶山)陽平を決めた。失敗しても、そのあと必ずクラブのために生きると思ったから」(原氏)

 そして、5人目がなかなか決まらない。原氏が「誰行くか」と聞いたところ、「はい」と手を挙げたのが加地だった。

 なぜ、立候補したのか。加地が16年の時を経て、当時の心境を語った。

「4人目までスムーズに決まっていって、5番目で止まった。そこで、自分でもなぜか分からないけれど、パッと手が上がった。それで原さんから『加地、いくか?』と聞かれたので、『はい』と。その直後、原さんがベンチで『大丈夫かな……加地で』とフミさんに聞いていたと知ったのはショックでしたけれど(笑)。ただ、PKはGK(山岸範宏)の動きがよく見えた。あまりコースはよくなかったけれど、狙っていたところに蹴れました」

 そのように加地は振り返った。

 思い出話に花を咲かせ、あっという間の1時30分だった。最後に原氏は、次のようにFC東京へメッセージを送った。

「FC東京の歴史を作ってきた皆さんと一緒にやれたことが、タイトルを獲れたことより嬉しい。特に今アカデミーにかかわっている方が多いので伝えたい。みんなはこうして変に小さくまとまっていない。それぞれ個性的で、いろいろな方面で活躍している。でも今、アカデミーは綺麗にまとまっている選手が多いことが少し気になる。こうして残っている人は特徴があって、癖がある。FC東京にはそういった選手をもっと育ててもらいたい。そう皆さんにはお願いしたい。それに、このコロナの状況が終わったあと、みんながそれぞれの立場で活躍するのを楽しみにしてます。みんな、元気でやってよ」

 16年の時を経て、当時の英雄たちが邂逅を楽しみ、いくつかのエピソードも明かされた。当時を知るファンにとっても、あの日の記憶が鮮やかに蘇る貴重な機会となったに違いない。

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[文:サカノワ編集グループ]

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