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【INTERVIEW最終回】5か国語を操る栃木SCエスクデロ競飛王の『言葉とサッカー』。10代から練習後「徹底的に勉強してきた」

栃木SCの2020シーズンのメンバー。田坂和昭監督の向かって右隣がエスクデロ競飛王(本人のSNS twitter:@chacarita151 instagram:@escudero09sergio より)。(C)TOCHIGI SC

ボール一つで国境を越えて楽しめる「せっかくサッカーをしているのだから――」。ポンテからも影響を受ける。

インタビューシリーズ最終回、栃木SCのFWエスクデロ競飛王は何と5か国語を話すことができる。しかし、一つひとつの言葉を獲得する際、徹底的に勉強をしてきたという。言葉を覚えればチームメイトの外国籍選手との会話に活用し、足りないと感じればまた学ぶという反復。いわずもがな、ボール一つあれば、国境を超えて楽しめるのがサッカーの魅力。海外に渡ったあと、言葉の壁に直面する日本人選手も少なくないなか、エスクデロの言葉に対する考え方は示唆に富み、世界に挑む“準備段階”でのヒントを与えてくれる。

――日本語、英語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語……セルの「語学力」の高さには驚かされる。

「勉強はしました。サッカーで必要だとも思いましたが、一番は、どこに行っても、誰とでも話せるようになりたいと純粋に思ったから。ただ、徹底的に勉強しました。まず18歳の時、本当かどうか結局分からなかったのですが、浦和レッズの広報の方からトゥーさん(闘莉王)は英語を話せるんだと聞いて、『俺も負けていられない』と思ったのがひょんなキッカケで、英語を習得しようと真剣に取り組みました。それでチームメイトの外国籍選手と、もっといろんなことを話したくなって、英語に続いて、スペイン語、ポルトガル語、あと日本語も、時間があれば勉強していきました。それから韓国語も、普段の生活ができるぐらい話せるようになりました」

――キッカケは好奇心?

「浦和にマルシオ・リシャルデスやエジミウソンが来た時、仲良くなりたいって純粋に思い、ポルトガル語を学びました。あとポンテは(エスクデロの母国語である)スペイン語で会話ができましたが、彼もポルトガル語、ドイツ語、英語ができました。彼から受けた影響も大きかったです」

――サッカーの魅力でもありますね。ボールがあればボーダーレスになり、言葉が通じれば深みが増す。

「FCソウルにいた時、デヤンは英語、マウリシオ・モリーナはスペイン語、アジウソン(アディ)はポルトガル語で話をしていました。

 ただ外国から来ている4人が結束して意思疎通できなければ、チームとして強くなれません。そこで4人が揃ったら英語、モリーナとアディと3人だったらポルトガル語、モリーナと二人であればスペイン語と、使い分けていました。あと日本語が少しできる韓国人選手がいたら、自分が通訳として架け橋になりました。蔚山に移籍する際、そういった面も評価してくれました。だから海外に挑戦する時、言葉は障壁になりませんでした」

――どのように勉強してきたの?

「日本語はとにかくたくさん書いて、単語や言葉を覚えました。覚えた単語を誰かが口にしたら、その発音やイントネーションも気にしたり、真似たりしていました。『〇〇いく?』と語尾を上げるとどういったニュアンスになるのか。みんなは自然に出る。でも僕はその細かさも真似るようにして覚えて、外国人特有のなまりをなくしていきました」

――英語は?

「英語も同じです。たくさん書いて単語を覚えていきました。あとは20歳になったあと家庭教師についてもらい、週2回、2時間会話をしてもらいました。僕がいろんなことを話して、最後に先生が間違いや気になった表現をまとめてくれるんです。その言い回しはこうなるよと教えてくれて、それを改めて読んで覚えていく。そう繰り返すことで、上達できている実感を得られました。2、3年をかけて勉強して、韓国に移籍したあと、街中でも英語で話せるようになっていきました」

――海外に移籍したあと、言葉の壁に苦しむ日本人の選手は少なくありません。

「日本では『もしも移籍が決まったら覚えればいい』『海外に行ってから覚えればいい』という選手がほとんどのように思います。スペイン語なんて、覚えたらとても強みになります。サッカー選手になれたことで、お金も同世代の中では多くもらえて、加えて時間もできるわけです。ヨガやジムに通うことはもちろんいいと思いますが、そのなかに、なぜ語学を加えないのかなと思うことはありました。そこは、もったいない気がします。むしろせっかくサッカーをしているのだから、日本人の選手はそこを意識すべきだと感じます」

――日本代表GKの川島永嗣選手も徹底的に単語を書いて覚える勉強法をしていると著書で知りました。才能のみならず、徹底した積み重ねをしているのだと驚かされました。

「反復の勉強をしたあと、なおかつ実際に声に出して使えればより良いですね。あとは例えば英語だけで映画を見て、ある程度、内容を把握できたら、そのあらすじを母国ではない言葉で書いてみる。そんなやり方もあります。英語圏でない方の英語を聞くこともタメになります。結局はコミュニケーションなので、表現力が大切になります。

 僕は現役を引退したら、言葉を使い、いろんなことをしたいと思っています。スペイン、アルゼンチンへの留学、言葉も学べて文化を知ることもできればな、と。多くがサッカーをするだけの遠征になってしまっているので、現地の文化や言葉に身を置く留学や遠征をサポートできたらと、漠然とですが考えています」

――そういった経験もまた、栃木に還元していくと。

「(ハン)ヨンテ、タカ(明本考浩)、(有馬)幸太郎……僕は32歳で彼らからすると絡みづらいかもしれないけど、いろんなことを話せる関係になっています。(平岡)翼、榊(翔太)……サッカーの話もいろいろしますし、意欲を感じます。何より田坂さんは横一線からの競争環境を作ってくれています。ピッチではそれぞれが声を出して、グループのようなものは作らない。全員で言い合い考える。それができています。一緒に取り組みながら、成長していきたい。京都でよく一緒にいた小屋松(知哉)、仙頭(啓矢)、岩崎(悠人)はより高いレベルに移っていきました。32歳の立場から、楽しみにしています」

――では最後に。J1昇格プレーオフがなくなってしまった影響は?

「目標は昇格。規定は変わっても、昇格圏に入ることしか考えていません。そこをクラブの全員で意識しないといけない。降格がなくなって良かった、ではなくて、絶対に昇格するんだという気持ちで、求め合い、僕は応えていきたい。選手だけではなく、スタッフもそういう思いにならないと達成できません。そのために、みんながみんなを思いやらないといけません。それが栃木の中で、社長から強化部、広報、あらゆる職務についているスタッフのみんながチームのことを考えてくれているので、僕ら選手はサッカーに集中できています。今年、栃木がやっていることが正解だと認めてもらうために、僕たち選手が努力しないといけませんね」

◆PROFILE◆
エスクデロ競飛王
Escudero Sergio Sergio Ariel Escudero

1988年9月1日生まれ、31歳 日本国籍。アルゼンチンの出身で同国とスペインのプロリーグで活躍し、浦和レッズにも在籍したセルヒオ・エスクデロが父親。171センチ・75キロ。これまでのキャリアは、ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン)― 柏レイソル青梅ジュニアユース ―  浦和レッズジュニアユース ― 浦和ユース ― 浦和 ― FCソウル(韓国) ― 江蘇蘇寧(中国) ― 京都サンガF.C. ― 蔚山現代FC  ― 京都 ― 栃木SC。昨季J2リーグ12試合・0得点。J1リーグ通算81試合・7得点、J2リーグ86試合・5得点。

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※このインタビューシリーズ(全3回)は今回で終了です。すべてをまとめた完全バージョンを、後日(Jリーグ再開前)に改めてアップいたしました。

[取材・文:塚越始]

 

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