東京五輪代表候補DF岩田智輝が横浜FMに完全移籍「大分で過ごした日々は宝物です」
大分から横浜FMに移籍することが決まった岩田智輝。写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI
「トリニータから海外というのが僕の目標でした。しかし自分の力不足で叶えられず…。これからもっと活躍して、みんなの目標に」
大分トリニータでプレーしてきた東京オリンピック日本代表候補のDF岩田智輝 (IWATA Tomoki) が12月25日、横浜F・マリノスに完全移籍することが決まった。両クラブが正式に発表した。また、松本山雅FCから期限付き移籍していた同じく東京五輪代表候補のFW前田大然(MAEDA Daizen)が完全移籍に切り替わり、F・マリノスの一員になることも決定した。
岩田は1997年4月7日生まれ、大分県出身、23歳。178センチ・73キロ。B型。これまでのキャリアは、四日市南SSC(四日市南小)― 大分トリニータU-15宇佐(宇佐市立西部中) ― 大分U-18(大分東明高) ― 大分。
2020シーズンは、J1リーグ30試合・2得点、ルヴァンカップ1試合・0得点。通算記録は、J1リーグ57試合・6得点、J2リーグ32試合・0得点、 J3リーグ24試合・1得点、ルヴァンカップ4試合・0得点、天皇杯4試合・1得点。日本代表2試合・0得点。
岩田は次のように横浜FMのファンに向けてコメントしている。
「大分トリニータから来ました岩田智輝です。移籍は初めてで不安な気持ちとワクワクする気持ちがありますが、横浜F・マノリスのために、常に全力で頑張りたいと思います! よろしくお願いします」
一方、大分のファンに対し、次のように長い文章で思いを綴っている。
「このたび、横浜 F・マリノスに移籍します。小さい時からずっと大分で育ち、大分を離れるのは凄く寂しいです。小さい時からトリニータを見て来ました。初めて小学生の時にトリニータの J1での試合を観戦し、あのピッチでサッカーがしたいと思い、プロになりピッチに立った時は凄く嬉しかったです。
トップチームに昇格できたのも、今までご指導して下さった指導者の方々のおかげです。ありがとうございました。トリニータでの思い出はたくさんあります。J3優勝やJ1昇格、初のA代表など色々な経験をさせてもらいました。
2種登録でJ2を戦ったシーズン、J3に落ちる瞬間のサポーターの皆さんの姿を見て、絶対に嬉し涙・笑顔・感動をこれからは増やしていこう! と思い、今まで戦ってきました。
降格したJ3でもサポーターの方々は温かく熱い応援をずっとしてくれていました。そんなサポーター、スポンサー、応援して下さる方々のためにも絶対にJ1にトリニータを戻そうと思っていました。
常に変わらず応援して下さるサポーター、スポンサーの方々、そして社長、西山 GМ、片野坂監督、コーチ、トレーナー、チームスタッフ、フロントスタッフ、J3 から今までトリニータに在籍した全ての選手のおかげで、今のトリニータがあり、今の自分があると思っています。感謝しかありません。
先輩方が優しく厳しく常に良い雰囲気を作ってくれた、トリニータの雰囲気が大好 きです!!
最後に、トリニータから海外というのが僕の目標でした。しかし自分の力不足で叶えられず、ユースの選手の目標になること、大分のサッカー少年たちに夢を与えることができず悔しいです。
それでも、これからもっと活躍してみんなの目標になれるよう頑張っていきたいと思います。大分で過ごした日々は宝物です! トリニータ最高です、大分最高です、大好きです! ありがとうございました!!!!」
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