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香川真司がマンチェスター・U時代を回顧「ファーガソンともっと仕事をしたかった」

香川真司。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

「ルーニー、ギグス…ハーフタイム、特に大物選手にいつも怒っていました。でも、ご安心を――」

 ワールドカップ(W杯)に日本代表として2大会連続で出場しているベルギー1部シント=トロイデンVVの香川真司が4月7日、ベルギーメディア『ド・モルゲン』のインタビューに応じて、これまでのキャリアを振り返るとともに、ベルギーでの戦いに意欲を示している。そのなかで33歳になったアタッカーは2012年6月から2014年8月まで在籍したイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド時代について詳しく語っている。

 ドイツ1部ボルシア・ドルトムントでリーグ連覇、2冠達成に貢献するなど飛ぶ鳥を落とす勢いにあった香川のことを、当時世界トップの一つに君臨していたマンUのアレックス・ファーガソン監督が実際にスタジアムで視察。そして世界的にも注目を集めるビッグディールは実現した。

 香川はファーガソンと「もっと長く一緒に仕事をしたかった」と本音を語る。

「ファーガソンとは1年間一緒にできて、とても光栄でした。もっと長く一緒に仕事をしたかったですが、運命に翻弄されましたね。とてもいい時代でした。

 ファーガソンは本当に私を必要としてくれました。当時、そんなレジェンドと一緒に仕事をしているなんて分かりませんでした。その後、彼のクラブでの偉大さを知りました」

 また、ドレッシングルームでのファーガソンについて、次のように語る。

「ハーフタイム、特に大物選手にいつも怒っていました。ルーニー、ギグス……彼はいつも彼らに多くを期待していました。私に本気で怒ることはありませんでした。とても感情的で、それが攻撃的に出てしまうこともあり印象に残っています。ドレッシングルームではいつもみんなビクビクしていて、何も言い返しませんでした。でもご安心を、後半はみんな常にキレキレでしたから!」

 ファーガソンのもとで香川は途中出場が多かったものの20試合・6得点(ハットトリックも達成)を記録し、プレミアリーグ制覇に尽力。しかし名将が勇退し、デイヴィッド・モイーズが招へいされる。すると一転してクラブは混迷の時代に突入、そこで香川も次第に出場機会を得られなくなっていった。

「マンチェスター・ユナイテッドでの1年目は、正直まあまあでした。タイトルを獲得できたのは、ロビン・ファン・ペルシのおかげ。このシーズンは26ゴールを記録しました。私はドルトムント時代ほど、自分に自信を持てなかった。イギリスでの適応は必ずしも容易ではなく、疑心暗鬼になることもありました。

 新しい言語、システム、コーチ、環境。1年でファーガソンが去ってしまい、こんなことになるとは思ってもみませんでした。マンチェスターに連れてきてくれたのは、ファーガソンでした。あと1年は、一緒に仕事ができると思っていました」

 そのように移籍1年目は新たな環境に適応しながらチームに貢献しただけに、2シーズン目、より特長をチームに還元しながら本領発揮へ――と思っていた。ところがむしろ一転、キャリア最大の逆風が待っていた。

 ファーガソンの退団がターニングポイントになったと言えるか? その問いに香川は答える。

「それも理由の一つでした。しかし、その後、ケガに悩まされることが多くなっていきました。それまでは常に上手くなっている実感があり、急に自信を失くしてしまったのも事実です。自分を疑いもしました。あれは精神的にきつかったです。しかし、私は決してあきらめませんでした」

 2014年のドルトムント復帰後に再びタイトル獲得、そしてベジクタシュJKでの復活、日本代表の「10番」をつけたロシアW杯での16強進出……。その後は苦しみながらも「結果」を残してきた。それだけにベルギーを舞台に、「今はコンディションがいいです」と新たな“Shinji KAGAWA”像の創出へ意欲を示している。

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[文:サカノワ編集グループ]