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反町技術委員長の中学時代「ブラジル遠征を経験、通訳はセルジオ越後さんだった」

日本代表

日本サッカー協会反町康治JFA

サカノワスタッフ

反町康治氏。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

『全少』の表彰式、「準優勝のチームにも、あえて、おめでとうと言いたい。涙の数だけ成長できるから」と激励。

 日本サッカー協会(JFA)の反町康治技術委員長が1月29日、JFA公式サイトに連載中のコラム「サッカーを語ろう」の第6回目を更新した。今回は「全少に触れて」と題して、「JFA第44回全日本U-12サッカー選手権」を訪れて実感したこと、自身の少年時代を思い出すとともに、改めて「グラスルーツの拡充」に力を注ぐ“決意”などを記している。

 同大会のベスト16の半数は、Jクラブのアカデミー(育成組織)ではなく、いわゆる「町クラブ」だった。優勝はFCトリアネーロ町田(東京)、準優勝はジェフユナイテッド千葉U-12(千葉)に。「トリアネーロもその一つで、そういうクラブが激戦区の東京を勝ち抜いて日本一にもなったことは、多くの町クラブの指導者と選手を勇気づけたことだろ」と触れる。また反町技術委員長が元気を知る斎藤大輔、そしてJクラブの松本山雅FCを率いていた時の選手だった工藤浩平の子供が出場していたことに驚くとともに、これからのキャリアが「本当に楽しみ」と期待を寄せている。

 表彰式では「優勝おめでとう。そして準優勝のチームにもあえて、おめでとうと言いたい。涙の数だけ成長できるから。10年後の2030年のW杯で日本はベスト4を目指します。10年後にみんなは22歳になっている。サムライブルーのユニホームを着て、そこにいる可能性がみんなにある。もっともっとうまくなるように頑張って。期待しています」と激励したそうだ。

 そして、自身の小学校時代、親の転勤で清水市に移り、サッカーを始めたことにも触れる。選抜チームの清水FCを日本の頂点に導いた堀田哲爾さんの「とにかく先見の明があるというか、独創的というか、前例を踏襲せずに何にでもチャレンジする人だった」という指導法にも触れる。

 中学時代にも清水の選抜としてブラジルに遠征。その時チームに帯同した通訳が、セルジオ越後さんだったとも振り返る。反町技術委員長は「ぜいたくというか、そんな環境を整えてくれた堀田先生のサッカーにかける情熱、スケールの大きさには脱帽するしかない」と言う。

 そういった経験はいつの時代も変わらない一面がある。だからこそ、一人でも多くの少年にサッカーを「楽しい」と思ってもらう機会を増やしたいという強化の出発点にも目を向ける。

 反町技術委員長は、グラスルーツ拡充を重点項目に挙げる理由について、「いたってシンプルだ」として、「競技の土台をしっかり固めて裾野を広げるほどに、いい選手を多く世に送り出し、たどり着ける山の頂を高くできるからだ」と記している。ボールをよりたくさん触れることや技術を向上させるので、フットサルもゴールデンエージには有効だと説いている。

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[文:サカノワ編集グループ]

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