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吉田麻也「有観客」の訴え。しかし東京五輪サッカー開催は「夜中近く」…先送りされてきた根本的課題

吉田麻也。写真:徳原隆元/(C)Takamoto TOKUHARA

「コパ・アメリカ決勝」方式ならば現実味。

 東京オリンピック・サッカー男子日本代表(U-24日本代表)のキャプテンである吉田麻也が、7月17日のU-24スペイン代表戦のあと、ヒーローインタビューとオンラインによる記者会見で、もう一度、五輪の「有観客」の可能性を探ってほしいと、これまでほとんど発せられてこなかったアスリートの気持ちとして訴えた。そのメッセージは多くの人の共感を呼び、一方では疑問も投げかけられている。本人も「賛否両論は承知のうえで」と投じた声が議論を巻き起こしている。

 改めて、なぜ首都圏全会場が無観客に落ち着いたのか。その経緯と背景を整理したい。

 政府方針により5月11日からは緊急事態の宣言下でも、サッカー(Jリーグ)など大規模イベントは「無観客」から「収容数5000人または50パーセント以下の少ないほう」に緩和されて、観客動員が認められた。時期的に見ても、オリンピックを見据えての決定と見られた。

 しかし結局東京五輪に関して、入場制限に伴うチケット再抽選の方法が発表されたものの、本当に観客を入れるのかどうか曖昧なまま決定が先送りされてきた。そのために各会場の医療体制、スタッフ配置などあらゆる事項も固まらずにいた。

 そうしたなか東京に4度目の緊急事態宣言の発出が決まり、トーマス・バッハIOC会長、橋本聖子TOKYO2020組織委員会会長ら、いわゆる5者会談で、五輪の「無観客開催」が決定した。何より東京都内に会場が集中し、そこで人の流れが“活性化”されることは、確かに緊急事態宣言下では回避しなければいけなかった。東京からの人の流れが拡大すると懸念したマラソンとサッカーが開催される北海道・札幌も追随した。

 また、例えばJリーグでのコロナ禍の「有観客」の試合開催時、作業に難航したのが、消毒液、サーモグラフィ(体温測定)など備品の準備・調達だった。さらには警備員の配置なども必要になる。そして実は5000人以下の動員であれば赤字になるため、費用面でいえばそれよりも無観客のほうが負担は軽減できる、という話も聞かれた。

 さらには、選手・スタッフ・観客別々の導線確保、スタッフ動員、周辺地域や医療チームとの連携(こちらも衛生用品が必要になるなど)……あらゆる準備が必要になる。

 つまりはスクランブルへの柔軟な対応ができない行政主導のオリンピックでは、7月上旬の段階で、「有観客」と決めた場合、準備が間に合わない、という理由が見えてくる。

 ただし一方、サッカー男子に関しては、6都市6会場で行われる。(吉田はそのような主張を一切していないが)サッカーに限れば、有観客は可能と言えるかもしれない。

 宮城と茨城(小中学校の連携観戦※昼間のみ)が観客の受け入れを認めたのは、Jリーグでのコロナ禍開催のノウハウの蓄積、これまで一度もクラスターが起きていないという“実績”があったからだ。むしろ、拒否する理由がないわけだ。

 しかし――。東京五輪では、サッカー男子日本代表のグループステージ全カード、そして準決勝や決勝といった注目カードは、いずれもキックオフ時間が「20時」、あるいは「20時30分」である。

 緊急事態宣言あるいはまんえん防止措置下の政府方針は、原則スポーツイベントは21時までの開催としてきた。そこまで遅い時間での試合開催は、このコロナ禍、前例がない。

 感染拡大が続く(懸念される)なか、22時を超えるイベントで数千人あるいは1万人の観客が動く。そこにスタッフやメディアも加わる。それではあまりに無防備で、そこまでの特別扱いを認めることは現実離れしている。

 そもそもキックオフ時間の変更を含め、こうした問題は1年前から分かっていたこと。これまでに議論できたはずだった。こうしたテーマも同じく、ずっと後回しにされてきた。放映権も関係するだけに、この段階での変更はまず無理だろう。

 一方、吉田の主張もまた正論だった。

 アスリートとして、生涯一度のホスト国の代表選出。今、言わなければ後悔すると感じたに違いない。

「オリンピック開催のため、多くの税金が使われ、なのに国民が見に行けないのであれば、では一体誰のため、何のための五輪なのか。アスリートはファンの前でプレーしたい。あと10分、苦しい時にサポーターの方々のエネルギーは確実に僕らの助けになります。ホスト国である僕らは、決してトップ・オブ・トップではない。だからこそ、その助けを必要としています」

 応援してくれる人たちがいるから、今があり、その代表としてこの舞台に立てている。無観客のスタジアムでプレーするたびに、その支えがあってこそ「戦えている」と実感してきた。しかも現在、現在も外部と接触を断ち、ホテル・練習・スタジアムだけしか行き来できない。加えて、PCR検査の緊張も待つ。その心身両面の負担は、私たちには想像できない。

 もちろん、この現状についても把握している。しかし、それでも「有観客」を検討できないかと、最後の訴えをした。

「ソーシャルワーカーの皆さんが毎日、命をかけて戦ってくれているのは重々理解していますし、オリンピックができるだけで感謝をしないといけない立場にあります。でも忘れないでほしいのは、選手たちもサッカーに限らず命をかけて、人生をかけて戦っているからこそ、この場に立てています。マイナーな競技でこの五輪に懸けている人はもっといると思います。そのためにも、なんとかもう一度真剣に検討していただきたいと思います」

 開幕が迫るなか、一気にすべてをクリアにすることは不可能だ。

 例えばスタジアム周辺に住んでいる数千人を動員する。サッカーであれば各カードが理想だが、グループステージ最終節、あるいは準決勝以降、3位決定戦と決勝など……。マラカナン・スタジアム周辺のアルゼンチンとブラジルのファン2200人ずつチケットが配られたという「コパ・アメリカ決勝方式」であれば、可能かもしれない。コパ決勝は無料でチケットが贈られたが、有料にできればなお理想的だが。

 小池百合子都知事、菅義偉首相――論理的にも無観客にすべきである、もしくは今後の感染状況などによっては有観客もあり得る……いずれにせよ、アスリートが上げた熱のこもった本音の声に、できれば一度、本気でまっすぐ返してもらいたい。

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[取材・文:塚越始]

Posted by 塚越始

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