【解説】解任されたポポヴィッチ監督、一つ気になった言動。鹿島の哲学との乖離…それも踏まえた抜擢だったはずだが
鹿島のポポヴィッチ監督。写真:松村唯愛/(C)Yua MATSUMURA
「楽しむことが大切」、抱いた大きな違和感。
J1リーグ鹿島アントラーズが10月6日、ランコ・ポポヴィッチ監督を解任した。さらに強化責任者だった吉岡宗重フットボールダイレクター(FD)の退任も発表された。2021年4月のザーゴ氏解任から、相馬直樹氏(2021年4月~12月)、 レネ・ヴァイラー氏(2022年1月~8月)、岩政大樹氏(2022年8月~2023年12月)、ポポヴィッチ……毎年のように監督交代を繰り返し、混迷を極めている。
OBの活用、欧州路線と模索してきた。そして昨季までのピッチ上で失われた秩序をポポヴィッチ監督のもとである程度整理できつつあったが、クラブは「総合的」に判断し、来季の補強などを決めていくこの段階で、指揮官と強化体制の”リセット”を決断した。
吉岡FDとポポヴィッチ監督は、大分トリニータ時代にともに仕事をしていた。ある意味、吉岡FDの”最後の切り札”とも言えた。
ただ実際、ポポヴィッチ監督は昨季、セルビア1部リーグのFKヴォイヴォディナで結果を残して現地で話題を集めていた。主要リーグではないものの欧州の第一線にいる、そのレベルの指揮官を日本に招へいするのは、現在では金銭面などでも難しくなっている。そんな人材を迎え入れることに成功し、Jリーグから欧州に出て進化を遂げたポポスタイルのもと、鹿島がベースからどのように組み立て直していくのかは楽しみでもあった。
昨季までの鹿島は戦術的なベースを失い、4-4-2以外のシステムになると、チーム内でノッキングを起こしたり、齟齬を起こしたりするなど目も当てられない状態にあった。そこにポポヴィッチ監督は、ハイラインからのプレスや縦パスからの連係など「約束事」を植え付け、知念慶のボランチ起用なども的中。前半戦のリーグ首位争いにつなげた。
しかし佐野海舟のマインツ移籍、チャヴリッチの負傷離脱、加えて期待された欧州からの復帰組である柴崎岳や三竿健斗がなかなか存在感を示せず、さらに他の助っ人も苦しみ、期待された田川亨介も負傷。そのあたりは補強は悪くなかったが、期待したようにチームの力になりきれなかったとも言え、まさに夏の補強期間を境に、下降線を辿ってしまった。
それでもポポヴィッチ監督のもと、もう1シーズンかけて、戦いながらチーム力を高めようとするサイクルを浸透させていく、と思われた。それだけにこのタイミングでの解任は大いに驚きでもあった。
ただ、ポポヴィッチ監督が語った言葉で、唯一、気になっていたことがある。それは最近のことでもあった。
リーグ5試合未勝利の続いていたなか、湘南ベルマーレとの試合を前にポポヴィッチ監督は「どんな時も、楽しむことが大切だ」と話した。
どんな状況に置かれても、まずサッカーを楽しむ気持ちを持つことが大切だ。そういう趣旨である。
おそらく、それは鹿島アントラーズの哲学で、一番、相反する精神だったように思えた。トップチームの勝利のために全員が考えて汗をかく。ゴールを奪うことで喜びを分かち合え、勝つことで歓喜を享受し合える――。そのために、目の前の1対1から「勝利」を追求する。負ければ、その理由を徹底して考えて解決策を探る。
選手がピッチに立っている時間は、そこに徹底してこだわる。その勝利への希求に、鹿島は支えられてきた。
もちろんポポ監督の「楽しく」というのは、そうした「勝負の世界」であるのを踏まえたうえで、進化するためには遊び心がどこかにないといけないという趣旨であったのかもしれない。
とはいえ、ポポヴィッチ監督が過去と違う姿勢を示し、「鹿島で指揮をとる」意味を示すのであれば、そこだった。過去になく勝負にこだわるポポヴィッチを、ピッチで見せつけるべきだった。
そして指揮官が“良い監督”であるが、これまで無冠であるのは、そのスタンスも影響しているとも言える。スパートをかけてくる相手に、あるいはなりふり構わず牙を剥く相手に、「いつも通り」では勝てないのだ。まさに鹿島のOBである大迫勇也がヴィッセル神戸で、対策を練られてもその上を絶対に行ってやるというあの勝者のメンタリティであり、それがチーム全体に伝播していっているように。
鹿島が最も相容れないメンタリティ、「楽しもう」というポポヴィッチ監督の言葉には大きな違和感を覚えた。そのあたりでクラブの指針がブレてしまいかねない、と決断が下されたとは考えられる。
とはいえ、それは言葉尻を捕らえただけだ、と言われればそうだともいえる。根本にあるポポヴィッチ監督の毎日の練習を大切にする、そこが充実しなければ結果は得られないというのは、近年の鹿島が失っていた姿勢の一つだったかもしれない。鈴木優磨も開幕当初、近年になく練習が充実していると頷いていたのは印象的だった。
何より、そんなポポスタイルを理解したうえで鹿島は招へいしたはずだった。そのうえで、ポポヴィッチ監督に、吉岡FDのみならず周囲が「そのスタンスを踏まえたうえで、今こそ勝負に徹底してこだわれ」と言えなかったのだろうか。
また、大きな金額が動く世界でもある。私たちの目には見えない内部で、クラブの方針などといろいろ乖離していた面もあった可能性も否定できない。
中田浩二氏をはじめ、鹿島は改めてOB主導で再建を図ることになりそうだ。あるいは条件的に合えばポルトガル人監督の登用も選択肢に入るか。内田篤人氏の現場、あるいは強化面での抜擢はあるのかは一つ注目点になる。
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そして、外部から人材を登用するのであれば、『献身 誠実 尊重』……ジーコであり鹿島の哲学であるこの言葉を自然と言える、あるいは自身の哲学にできる人物が求められるだろう。OBではなくてもこの言葉に共鳴して鹿島で闘える、個人の哲学よりも、そのクラブのスピリットを大切にできること。それもまた実はとても大切ではないかと感じる。ヨーロッパの思考や血も入れていこうと、サッカーの知識量はあるヴァイラー氏、ポポヴィッチ氏に託して、何か違和感があったのはそのあたりなのかもしれない。