【鹿島】内田篤人が引退記者会見。決断の経緯、最終戦舞台裏、今やりたいこと「陸斗には試合前『ケガだけはするな』と伝えていた」

引退記者会見に臨んだ鹿島の内田篤人。(C)KASHIMA ANTLERS

ベンチ入りした鳥栖戦で感じた、「この強度に耐えるだけの体がもうない」。

 鹿島アントラーズの元日本代表DF内田篤人が8月24日、オンラインによる引退記者会見を行った。記者会見は1時間以上に及び、様々なテーマについての質問に丁寧に答えていった。そのなかで内田は突然に思われた引退を決意するまでの経緯を説明。また今後やりたいことについても語った。

 内田が鹿島の強化部に引退すると伝えたのは、先発出場した8月12日のルヴァンカップ清水エスパルス戦(〇3-2)のあとだった。ただ、その前の8日のリーグ9節・サガン鳥栖戦で久々にベンチ入りした時、自分自身の中で決定的な違和感を覚えたと明かした。

「エスパルス戦でどうこうというよりも、その前の試合でベンチに入りして、ピッチレベルで残り10分、20分のプレーを真横で見た時、『自分がこの時間帯、この強度に耐えるだけの体がもうないな』と思いました」

 そうして迎えた清水戦でスタメンに名を連ねると、69分までプレーした。

「前半抑えながらプレーしましたが、後半やはり持たなかった。もっと細かいことを言うと、危ないところが分かっているのにそのスペースに飛び込んで行けなかったり、自分が行かなければいけないポジションにスピードを持って戻れなくなったり、そういったシーンが数多くあり、ルヴァンカップのあの試合は『辞めなければダメだ』という後押しになりました」

 そしてラストマッチとなった23日のG大阪戦(△1-1)。右サイドバックの広瀬陸斗のケガによるアクシデントで、16分からピッチに立った。そして後半アディショナルタイム、内田のキックが起点となり、犬飼智也の同点ゴールが生まれるというドラマも待っていた。

 そのまさかの展開の舞台裏、内田はエピソードを明かす。

「試合前、陸斗には『絶対、ケガだけはするなよ』と念を入れて伝えていました。3-0でリードして残り15分になって(内田が出場しやすい状況に)持って来い、と話していました。彼はやってくれましたね。空気を読んだというか。ただ酷いケガをしたのかもしれず、とても心配しています。あの場面では、永木亮太が起用されるチョイスもあったのですが、監督が僕の隣に座って『今日の試合は全部責任は俺が持つから、思い切りプレーしてこい』と言っていただいて、そこから準備しました」

 内田が再び負傷し、もう1枚交代カードを使う。その事態だけは避けたいと考えて、鹿島の背番号2は最後のピッチに立った。

「ただ途中から入っても、最後の5分、10分が持たない。自分の中では、足が止まってしまっている。あの強度で90分ずっとやれて、中2日でプレーしてきた自分がいて、もっと視野も広かったし、蹴るボールももう少し質が良かったかもしれない。そう感じていました」

 土壇場で自身のキックから同点ゴールが生まれた。ただ内田は満身創痍であり、まさに渾身のプレーとなった。

▼将来は?「ユーチューバーにはならない」

 このあと、プロサッカー選手ではなくなり、まず一番何をしたいか? 

 その質問に内田はこう答えた。

「幼稚園の送り迎えです。コロナウイルスの状況もあって分かりませんが、これからは手をつないで、幼稚園の送り迎えができたら最高だと思います」

 23日の引退セレモニーでは、内田は長女と手をつなぎ、次女を抱いてカシマスタジアムを一周した。しばらくは二人の娘とともに、水入らずの日々を過ごしたい。

 内田はそのように語るとともに、具体的には「ユーチューバーにはならない。いろんな選択肢があると思いますが、まだ一つ、二つに絞るのは早いかなと。いろんな選択ができるように、少しずつ、どこにでも行けるような仕事を選んでいきたいと思います。サッカー以外のことでやれていく自信がないので、何かできればと思います」と語った。

 最後の記者会見でも、数多くのウッチー語録を残した。

 ※内田選手の記者会見に関する記事は、このあともテーマに分けて紹介していきます。

引退記者会見に臨んだ鹿島の内田篤人。(C)KASHIMA ANTLERS

注目記事:内田篤人が語った魂の引退メッセージ全文「鹿島が数多くのタイトルを獲った裏側で先輩方は勝つために選手生命を削ってきた。僕はその姿を今の後輩に見せられない。サッカー選手として終わったと考えるようになった」

[取材・文:塚越始]

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