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長谷部誠が引退会見で浦和の6年間に感謝「日本一のサポーターと当時はキャラクターの濃い選手がたくさんいました」

2022年の親善試合のあと、浦和の選手とともに場内一周するフランクフルトの長谷部誠。写真:上岸卓史/(C)Takashi UEGISHI

「最初のクラブが浦和レッズだったのは非常に大きく幸運でした」

 ドイツ・ブンデスリーガ1部アイントラハト・フランクフルトで今シーズン限りでの現役引退を決断した元サッカー日本代表のMF長谷部誠が5月24日、都内で現役引退記者会見を行った。そのなかでプロキャリア22年間で3つのフェーズがあったと振り返った。浦和レッズでキャリアをスタートさせた6年間、ドイツと日本代表を行き来して苦しみながらも結果を残してきた10年間、そして代表を引退したあとフランクフルトで集中しプレーできた6年間と、それぞれ振り返った。

 そのなかで藤枝東高校から進んだ浦和での日々について、次のように振り返った。

「プロのキャリアをスタートさせたのが浦和レッズでした。最初のクラブが浦和レッズだったのは非常に大きく幸運でした。大きなクラブで日本一のサポーターがいて、当時はキャラクターの濃い選手がたくさんいました。あの中でキャリアをスタートさせ、たくさんのタイトルを獲れた6年間は、非常に大きかったです。

 2022年に埼玉スタジアムで親善試合ができて、試合後、本当に多くのサポーターの方々がユニフォームを掲げてくれていたのは、自分にとって忘れられない瞬間でした」

 そして浦和で得たもの、出会いについて問われると、長谷部は次のように答えた。

「1年目はほとんど試合に出られず、2年目にプロ初先発した試合ではいきなりレッドカードをもらい、非常に難しいスタートを切りました。

 あの浦和レッズで自分がなぜ成長できたかというと、やはりサポーターの存在が大きかったと思います。平均でも5万人以上が入り、浦和レッズとアイントラハトのサポーターは熱く、それだけの応援を受けるなかで、そのプレッシャーが成長させてくれました。あのファン、サポーターとの出会いは非常に大きかったです。

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 当時の浦和は積極的に補強し、毎年日本代表クラスの選手が入ってきていました。そのなかで競争に勝たなければいけない、自分の負けん気の強さも発揮し、すごく成長できたと思います。プロ最初のクラブが浦和レッズだったことは、本当に幸運でした」

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