バロンドール投票権を持つ田村修一さんが68歳で逝去。レキップが追悼特集、トルシエ元日本代表監督「真の兄弟だった」。後日「お送りする会」が行われる予定

(C)SAKANOWA

『レキップ』『フランス・フットボール』の日本特派員として30年以上活動。

 フランスのスポーツ紙『レキップ』とサッカー専門誌『フランス・フットボール』は7月31日、日本特派員として30年以上にわたり活動してきたスポーツジャーナリストの田村修一さんが、7月29日に東京都内で膵臓がんのため亡くなったと報じた。68歳だった。

 千葉県出身の田村さんは、フランス文学や経済学を学んだ後、サッカー専門誌などで執筆。フリーランスとして活動し、専門誌『サッカーダイジェスト』や全国紙などにも寄稿した。

 1990年代初頭から『フランス・フットボール』のアジア特派員を務め、『レキップ』の日本特派員としても長年取材を続けた。これまでFIFAワールドカップ7大会、EURO(欧州選手権)8大会、アフリカネーションズカップ3大会、コパ・アメリカ1大会など、世界各地の主要大会を精力的に取材してきた。

 2007年にバロンドールの投票が世界規模に拡大されると、日本の投票権を持つ記者に就任。アジア各国の投票記者選定にも尽力し、世界のサッカー界と日本を結ぶ存在として知られた。

『レキップ』は追悼記事のなかで、1998年から2002年まで日本代表を率いたフィリップ・トルシエ元監督のコメントも掲載。「修一は私にとって真の兄弟だった。彼の誠実さ、友情、そして日本で私を支え続けてくれたことに永遠に感謝している」と、別れを悼んだ。

 さらにトルシエ氏は、「15日前に最後に会い、抱きしめながら『また天国で会おう』と伝えた」と振り返っている。

 2019年には『レキップ・マガジン』の企画で、当時52歳だった三浦知良を取材するためグアムまで足を運ぶなど、日本サッカーを世界へ伝え続けた。

 日本スポーツプレス協会(AJPS)、国際スポーツ記者協会(AIPS)の会員でもあった。葬儀は家族葬で執り行われ、後日『お送りする会』が開かれる予定だ。

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