Jリーガーが友達を紹介!

【Jの輪】榎本哲也から栗原勇蔵へ。「もう一回一緒にサッカーをしたかった」

榎本哲也(カターレ富山/GK)

淳吾は一歩引いて、状況判断して、いろいろなところを見ている。勇蔵もそういうところがある。俺、頭の切れる選手が好きなんでしょうね。

小学生時代からの幼馴染が横浜FM一筋で引退を決断。「クラブにとって大事にされないといけない、そんな存在になってほしいです」

 藤本淳吾がプロで初めて直接FKによるゴールを決めたのが、2006年11月18日の清水エスパルス対横浜F・マリノス戦だった(清水が3-2勝利)。そこで横浜FMのゴールを守っていたのが、榎本哲也だったという。

(榎本選手、覚えています?)よく覚えていますよ。すごいロングシュートと、最後にFKを決められ、淳吾に2ゴール1アシストと活躍された。早くも(清水は)アイツのチームになっているなと関心しましたから。

 淳吾とは小学4年の頃からの付き合いです。(藤本選手は榎本選手が『常に先を行く存在だった』と言っていますが?)アイツは高校、大学に進み、自分は19歳でトップチームでデビューできて、その4年間のことを言っているのだと思います。

 ただ大学で確固たる地位を築いたあと清水に加入して、1年目からチームにすんなり溶け込めていた。それぐらいできる選手だとは思っていましたが、さすがでした。

 淳吾は優しくって、気遣いができるヤツ。一緒にいて疲れない。(プレーにも人柄が出ていますね)一歩引いて、状況判断して、いろいろなところを見ている。

 私生活でもそういうところがある。キックも上手いけど、普段から常に頭を使っている選手。そこでワンランク、ツーランク、さらにレベルの高い選手になっているんだと思いました。

 ずーっと仲が良くて、今でも連絡を取り合い、いろんな話をしてきました。

 移籍をする時も、アイツにしか言えない、いろんなことを話したり。これからもいろいろあると思いますが、一生の付き合いになると思います。

 俺から紹介するのは(栗原)勇蔵かな。

 アイツも小学生の頃から知っている幼馴染で、プロ生活もずっと一緒だった。もう一回、一緒にサッカーがしたい――。勇蔵とはそういう思いがありました。

 サッカーの面に関してはほぼすべて考え方が分かる。マリノスの時は、居て当たり前の存在。言葉を交わさなくても分かり合えていた。

 勇蔵が一方のサイドを切れば、俺がそこでできたスペースを守る。そういったことが瞬間的に自然とできていました。サッカーに関して、言い争ったことは一度もなかった。

 小学4年か5年の時に三ッ沢で試合をして、原FCの当時FWだったアイツに3点決められました。そこから横浜選抜で一緒になり「お前すごいな」みたいな話をしたら、マリノスのジュニアユースでチームメイトになって。

 プライベートでも一緒に遊んでいたけれど、やっぱりサッカー。グラウンドの上でいろいろ分かり合えて、ずっとリスペクトもしてきた。

 勇蔵はあのように見えて頭が良くて、それこそ淳吾のように冷静に周りを観て感じることができるのが魅力的です。

 そんな感じで俺、頭が切れる選手が好きなんでしょうね。(選手が大幅に入れ替わる横浜FMで、栗原選手は貴重な選手になっていますね)今の状況もいろいろ聞きたいね。そのなかで、アイツは自分らしくやっているはず。

 もちろん世代交代は間違いなく大切なこと。そのなかでクラブにとって、大事にされないといけない存在になっていってほしいです。

※栗原選手の記事は12月6日(金)朝にアップ予定です。

[取材・文:塚越始]

イラスト
PROFILE 茉莉香 MARIKA イラストレーター・デザイナー。インスタグラムのアカウントは marika22_10。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。主にサッカー・フットサル選手のイラストや、スポーツウェアのデザインを制作。また日本のサッカーファンを代表して、FIFA Global Fan Movement メンバーとして活動中。

関連記事:【Jの輪】藤本淳吾が天野純に送ったアドバイス、榎本哲也から決めたプロ初のFK弾

プロフィール

※2019年12月3日時点の情報

えのもと・てつや/1983年5月2日生まれ、神奈川県出身、35歳。180センチ、76キロ。横浜マリノスプライマリー新子安―横浜F・マリノスジュニアユース―横浜F・マリノスユース(武相高校)―横浜F・マリノスー浦和レッズ―カターレ富山 。今季J3リーグ26試合・23失点、J1リーグ通算238試合出場。

Ads

Ads