Jリーガーが友達を紹介!

ナオの分まで「食らいついてやって行くぜ」

茂庭照幸(セレッソ大阪/DF)

小学生の時、ナオと初めて対戦した時のことは忘れられない。あと俺が同じDFで刺激を受けてきたと言えばこの男!

歯を食いしばって頑張ってきた仲間たち。

 ナオ(石川直宏)とは小学生からの仲で、ここまでずっと日本の最高峰のリーグで一緒に頑張って来られたことを誇らしく思う。同い年で、一緒に苦しい思いをして、歯を食いしばって頑張ってきた仲間だった。引退は寂しいけど、そのタイミングは、自分でしか決められない。俺は、「まだまだ食らいついてやって行くぜ」という気持ちでナオの分も頑張ります。

 最初にライバルだと意識したのは俺のほう。アカデミーの頃は相手にされないぐらい、ナオは頭一つ、いやいや二つ、いやいやいや三つは抜けていた。その刺激を受けて俺も成長できたという意味では、先にライバル視していたんだと思う。小学校4、5年の時、初めて対戦した時の衝撃は今でも忘れられません。ちょうどセンターバックをやり始めた頃に対戦して「おい、マジかよ!」と。同じ小学生に負けるわけがねぇと思っていたのに(苦笑)。

 FC東京で一緒になってからは、毎週決まった日に焼肉を食べに行き、「俺らが(FC)東京を強くするんだ」という話をしていた。(引退するという話は)聞いていたけど、「もう一回、対戦するまでは」って気持ちが俺にはあった。だから、ナオには12月3日、「(J3の最終節の)対戦までにはコンディションを上げておけよ」と言ってありました。

 ナオは腹を括って引退を決めたんだと思う。俺は俺でボロボロになるまでやってやると腹を括っている。今の俺はセレッソを強くすることしか考えていない。これから先、将来もお互いどうなるかは分からない。ただ、またどこかで同じ志を持って一緒に何かやれたらいいなと思います。

(石川選手は「モニより早く引退するとは思わなかった」と言っている)それは誰もが思っているでしょ(笑)。同世代の選手は「あいつ、まだやってんの?」って思っているはず。いや、「まだやれているの?」って感じだろうね(笑)。

(12月3日のJ3・FC東京U23×セレッソ大阪U23に向けて)この日のために俺もコンディションを落とさないようにトレーニングをしっかり積んできました。思い出深い1日になりました。終わった後、お疲れ様と伝えました。

 そして、刺激を受けてきた仲と言えば、那須(大亮)がいます。俺のことをどう思っていたか分からないけど……俺はお互いに高め合えて来られたと思っている。俺はずっとあいつを意識していた。

 2003年のワールドユース(アルゼンチン大会)前のオランダ遠征で、俺たち同じ部屋になって、そこで熱く語り合った。あいつは大学生(駒澤大)で、バックアップメンバーだった。「それぞれの立場でしっかりやろう」とか話していたら、俺がケガをして、アイツがメンバーに入ったんですよ(苦笑)。それで俺から「任せたぞ」と声をかけたのは思い出として残っています。

 それをキッカケに次は「(アテネ)五輪は俺らで引っ張っていこうぜ」って話をして。それが実現して、アテネ五輪の初戦でミスして交代させられたら、次の日に坊主にしたりね(笑)。那須、変わらず熱いヤツです。

取材・文:小田尚史

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プロフィール

※2017年12月2日時点の情報

1981年9月8日生まれ、神奈川県厚木市出身。湘南ベルマーレ(当時・平塚)ジュニアユース―湘南ベルマーレユース―湘南ベルマーレ―FC東京―セレッソ大阪―バンコク・グラス(タイ)―セレッソ大阪。J1通算300試合・1得点、J2通算75試合・2得点、J3通算2試合・0得点、タイ1部通算32試合・0得点、日本代表9試合・1得点。

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